第192話 女商人は、やられたらやり返す
町庁舎でイザベラにしてやられた翌日、ボンの要請で緊急に開催された北部同盟の首脳会議にアリアは出席した。皆に退任を撤回したことを報告するためだ。
「これは、これは、アリア王太子殿下。膝を折って、その御足にキスをすればよろしいですかな?」
会議室の入口で顔を会わせたラウスが開口一番、揶揄うように言った。しかし、アリアは負けてはいない。妖艶な笑みを見せながら、同じく揶揄うように言い放つ。
「あら?お望みでしたら、そうなさいますか?そのときに……頭の上に熱い蝋を垂らして差し上げましょう。何せ、わたしは女王様ですから」
オッホホホとわざとらしい高笑いをするアリアに対して、苦笑いを浮かべるラウス。……が、そのとき、不意に足先に変な感触が走った。
「……なにやってるの、ボン?」
足元に目を遣れば、そこにはボンが……犬のように這いつくばってアリアの足先にキス……いや、正確には嘗め回していた。
「えっ!?だって、こうしたらアリアさんが『女王様とお呼び』と言って、ご褒美の鞭をくれるんスよね?いやあ、考えただけでゾクゾクするっス……」
アリアからは侮蔑するような冷たい視線、さらに周囲からは嘲笑するような視線を向けられているというのに、まったく動じる様子を見せずに語るボン。アリアはその足を後ろに思いっきり引いて……ボンの顔面を蹴飛ばした。
「ぐへっ!!」
「そういうことは、イザベラさんにやってもらいなさいっ!!」
宙を舞った後、激しく後頭部を床に打ち付けて仰向けになったまま動かなくなったボンに、アリアは吐き捨てるように言った。そのとき、イザベラが駆け寄ってくるのが見えた。
「イザベラさん、これからはあなたが会議に出なさい!このアホの管理責任はあなたにあるんだから!」
異議は認めないと告げて、アリアはラウスら首脳たちと会議室の中へ入っていった。イザベラは仕方ないとため息をつき、傍に居たアンジェラに、「このアホを牢に棄ててくるように」と言い残して、会議室の中に消えた。
「では……思わぬトラブルがありましたが、会議を始めましょう。なお、先にお知らせしましたが、わたし……アリア・ハンベルクは、同盟盟主の退任を撤回し、向こう1年間、その任に当たりたいと思います。もし、ご異議がある方がいらっしゃいましたら、この場ではっきりと申し出ていただけませんか?」
アリアはそう言って、室内を見渡す。しかし、ラウスも含めて手を上げる者はいなかった。それならば、とアリアは話を続けた。
「今、お話した通り、いずれにしてもわたしがここの椅子に座るのはあと1年だけです。延長は認めません。ですので、今からわたしの次にここに座る者をどうやって決めるのか、その方法を決めておこうと思います」
そう言って、自分の後ろに控えるルーナに、アリアは合図を送った。ルーナは予め準備していた資料を全員に配って回った。
「これは……」
「なるほど……このやり方ならば……」
最初に手渡したクレソン、次に渡したレージーから声が漏れた。何だろうと思って、ラウスは手渡されてすぐにその資料に目を通す。それは、この1年を使って、次の盟主候補を養成し、最終的にはその中から選ぶという内容だった。
「それぞれの部族から、2名派遣して頂きたいと思います。もちろん、オランジバークからも。そして、集まって頂いた16名の方には、北部同盟政府の大臣になって頂きます」
「大臣?」
ラウスは訝し気に声を漏らした。
「どうかされましたか?ラウスさん」
「いえね……嫌がらせで言ってるわけじゃないですが、ここに書かれている候補者の条件が、族長一族に連ならない者とあるじゃないですか。うちは、マホラジャとか政治経験が豊富な奴がいるから問題ないですが、例えば、ヤン殿の所はいないでしょ?務まるのかなと思いまして……」
嫌がらせではないといいつつ、さり気なくヤンを貶めるラウスの発言にアリアは眉を顰めた。ただ、それは一理あるようで、他の部族長からも同調するような声が上がった。
だが、アリアは動じなかった。
「むしろ、それが狙いですよ。だって、マホラジャさんだったら、シレっとジャラール族が有利になるように工作するじゃないですか。そうではなくて、どの部族に対しても公平に接することができる人が必要なのです」
だから、族長と縁の薄い人間を集めたいとアリアは言った。しかも、シレっとマホラジャは認めないと暗に伝えて。
「ラウスさんだって、ヤンさんと縁が深い人が盟主になったら嫌でしょ?この先、どの時代になっても、どの部族も安心して過ごすことができるようにするためには、今、各々が私欲を押さえないと。そのつもりで、候補者の選定をお願いしますね」
アリアはそう言って、話を締めくくった。
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