第191話 父王は、情を飲み込む

「……あなた、まだお休みになられないのですか?」


 ウイスキーが入ったグラスをテーブルに置き、考え事をしていると、マグナレーナに声を掛けられて、フランツは我に返った。ふと時計を見れば、その針は、すでに12時を過ぎていた。


「いや……眠れなくてな……」


 今日は、幼い甥と姪を牢に放り込んだのだ。ただ泣き叫ぶだけの妹を守るようにして、「伯父上、どうして僕たちを牢に閉じ込めるのですか!」と気丈に言った、9歳の甥の顔がどうしても目に焼き付いて、フランツはこうして酒を飲んでも忘れることはできない。


「あなた……」


「わかっている。ベルナールは謀反人だ。当然、その血を引くものは殺さなければならない。だが……」


 わかっていても、気分のいいモノではない。そう思いながら、フランツはグラスの中のウイスキーをグイッと煽る。


「……っ!ゴホ、ゴホ、ゴホ」


「もう……お酒、そんなに飲めないのに……」


 マグナレーナは、そんな不器用な夫にため息をつき、優しく背中を擦った。確かに、あの子たちの事だけを考えれば、不憫に思わないわけではないが、事ここに至っては、仕方ないと思う。逆の立場なら、ベルナールは自分たちに情けを掛けることはないだろう。


「でも、よかったですね。あの子たちに魔族の血が流れていなくて」


 少しでも気が休まるように、マグナレーナはそう言った。何しろ、死んだセリーヌ妃が魔族だったのだ。


 その後、本物のセリーヌ妃と思しき遺骨が発見され、どこかのタイミングで成り代わったことは判明したが、それがいつの時点で……とまではわからなかった。ゆえに、その子供である甥と姪が魔族との混血児ではないかと疑いがかかったのだ。


「あのレオナルドという男は、凄いな。魔法で対象人物の種族や身分、能力を見抜けるとは……」


 おかげで、あの子たちが混血児でないことが分かってよかったというフランツ。しかし、どの道殺すのだから気休めだな、と言って、ため息をついた。


「ん?」


「どうかしましたか?」


「いや……あいつ、対象人物の種族や身分を知ることができるんだろ?それなら、アリアが王女だって知った上で近づいたってことじゃないか!?いかん!そんな金目当ての不埒な男に娘を渡すわけには……」


「……あの魔法は、最近開発した魔法だとレオナルド殿も説明していたじゃありませんか。何でも、男と思って接していたら、女だったことが分かって酷い目に遭ったからと……」


 少し元気が出てきたと思えば、何を言い出すのかと呆れるマグナレーナ。だが、一方で、その魔法を使ってアリアのスリーサイズを知ろうとしたら、バレて折檻をされたという話を不意に思い出した。


 そう考えると、凄いのか、アホなのか、分からない男だなと。ただ、一緒にいるとたぶん楽しいだろうなということは、容易に想像がついた。


「……なんだ、楽しそうに笑って。そんなにアイツのことが気に入ったのか?」


 そんな思い出し笑いを浮かべるマグナレーナの様子に気づいて、不貞腐れたようにフランツは言った。だから、マグナレーナははっきりと答えた。


「はい」


 フランツは、グラスに手を伸ばし、グイッと傾けた。しかし、ウイスキーはすでになく、わずかに融けた氷水が喉を湿らせた。


「認めるしかないか……」


 グラスの中にある氷を見つめながら、フランツはぼそりと呟いた。自分の知らない所でいつの間にかデキたという娘の彼氏——。


 だが、感情的に気に食わないことを除けば、確かに女王の婿として迎えるに相応しい男だ。大賢者であるユーグの息子ということも大きい。誰もが納得するだろう。逆に、あれ以上の男を用意しろと言われても、それは無理だ。


(アリアの結婚式か……)


 ウェディングドレス姿の娘の手を引き、ヴァージンロードを歩く自分を想像して、フランツは目元を潤ませた。そのまま、あの男には渡したくはないが、渡さざるを得ないのだろうなと理解もする。そこまで考えて、ようやく決心がついたようにフランツは言った。


「マグナレーナ。枢機卿に相談して、大聖堂の予定を確認してくれないか?あの娘の立場を安定させるために、一日も早く……」


「大丈夫ですよ。枢機卿にはすでに話を付けてあります。向こう1年間はスケジュールを空けてもらってますので。何でしたら、明日でも執り行えますわよ?アリアの結婚式」


「へ……?」


 マグナレーナの思わぬ回答に、いや、いくら何でも、手際が良すぎないかというフランツ。そして、さすがに、まだそこまで心の準備は完了していないと言って、この話はベルナールの一件が終わってからにしようと、マグナレーナに告げて、慌ててベッドに潜るのだった。

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