第190話 女商人は、心を攻められ謀られる

「ボンっ!これはどういうことなのよ!!」


 転移した瞬間、アリアは怒鳴った。……が、正面の町長席にいるはずのボンは見当たらない。肩透かしを食らったように、怒りの行き場を失ったアリアだったが、隣にいたレオナルドがアリアから見て後ろの方を指差した。


「あ……」


 振り返ったアリアが目にしたもの。それは、上半身裸で『わたしは阿呆です。笑って下さい。1回100G』と書かれた札を首から下げて正座するボンの姿だった。しかも、その顔や体にはこれまでの様々な彼の失言が書かれていて……アリアは噴き出した。


「……100Gは、その箱の中にお入れくださいね」


 背後から聞こえた静かな声に、アリアはまた振り返った。そこには、シスター・イザベラがいつもの穏やかな顔で立っていた。


「ひっ!」


 しかし、その顔の下には途轍もない怒りを感じて、アリアは素早く箱に100Gを入れて、そのままレオナルドの後ろに隠れた。


「そんなに怖がらなくてもいいのに。冗談ですよ、アリアさん」


 そうは言いながらも、箱の中に入れられた100G銀貨はしっかりと回収するイザベラ。冗談なのか本気なのか、今一つ理解ができず、アリアは困惑した。


 しかし、いつまでもこんなことをしていては、話が進まないと思い直して、アリアはイザベラに事情を訊ねた。そして、ルーナから聞いた話はどこまで本当なのかを。


「うちの人が……アリアさんが王太子になられたことを会議でうっかり話してしまったのは本当です。その点は誠に申し訳ありません。今にして思えば、わたしも伝えるべきではありませんでした」


 そう言って、イザベラは全ての原因は自分にあると頭を下げた。


「そして、うちの人が言ったのは、アリアさんを退任させずに続投させた方がいいということです。もちろん、本来であれば、こういった話は事前に相談するべき話だと思いますが、会議の流れがイヤな方向に流れるを止めるためには、仕方なかったのです」


 この点については、心に疚しい所はないようで、イザベラは謝ることなく堂々と主張した。


「でも、誓って言いますが、今の時点でアリアさんを女王にして、北部同盟を王国にしようという考えはありません。まあ、この噂話を聞いた後、それはそれで上手く行くのかとも思わないわけではありませんでしたが……」


「その場合、わたしの代は良かったとしても、代を重ねたときに不安は残るわよね。それに、ハルシオンで騒乱が起こった時に、巻き込まれる可能性も……」


 アリアは、真剣に考えて出した結論をイザベラに伝えると、彼女は頷き肯定した。


「すると、今流れている噂って……」


「おそらく、誰か……いえ、こういうことをするのは、ジャラール族のラウスの仕業かと……」


 イザベラははっきりとそう告げて、今、ピノたち元盗賊団に探らせていると言った。しかし、アリアは腑に落ちなかった。


「でも、何かおかしくない?ジャラール族は、仮にも『王国』を名乗ってるのよ?わたしが女王になったら、もう『国王』だなんて自称できないわよ?」


 それなら、ボンの案に乗るのが、今のラウスにとっては一番利があるように思える。ゆえに、あまり決めつけない方がいいと思うと、アリアは告げた。


「それで……」


「ん?」


 話が終わったと思って油断していたアリアに、イザベラは訊ねた。


「アリアさんは、うちの人の案に賛成ですか?つまり、ずっととは言いませんが、しばらく盟主を継続して頂くというのは……」


「えぇ……と」


 どう答えようかとアリアは迷った。何しろ、盟主続投は今聞いたばかりの話なのだ。


 だが、イザベラの様子を見ると、本当に困っているのは明らかだった。そう思うと、盟主の決め方も含めて、今更ながら、統治機構を十分に整備できていなかったことに、アリアは責任を感じた。だから……


「1年だけよ」


 仕方なく、アリアはそう告げた。この間に、盟主選出のシステムや統治機構の整備だけではなく、引き継ぐべき揺るぎない後継者を定めようと心に決めて。


「ありがとうございます!これで、問題は解決しました」


 イザベラはアリアの手を取り、感謝の気持ちを伝えた。しかし、そのときふとアリアの中で不信感が芽生えた。


(あれ?もしかして、嵌められたんじゃ……)


 今、自分は「北部同盟の女王になるくらいなら」と、「1年の延長」を承諾したのだが、初めから「1年の延長」を引き出すのが目的で、この女が意図的にあの噂話を広めたとしたら……。


(ありえるわね……)


 アリアは、目の前でニコニコしているイザベラが急に信用できなくなった。


 だが、そのことを伝えても意味はないだろう。何しろ、引き受けなかった場合、北部同盟は瓦解することは容易に想像できたし、そうなれば、この地域に紛争が起こるかもしれない。これからアリアがしようとしている事業にも影響が及びかねない。


(まあ、仕方ないか……)


 だから、今日の所は彼女の謀に乗ることを決めた、アリアだった。

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