第189話 女商人は、一息もつけずに困惑する

「ふぅ……色々あったけど、これでひと段落ついたわね」


 ハルシオンに後始末のため3日ほど滞在したのちに、レオナルドの転移魔法でポトスに寄って、母エレノアにフランツとの面会予定を告げた後、オランジバークの自宅に戻ったアリアは、王宮とは比べ物にならない、こじんまりとしたリビングを見て一息ついた。


「お茶でもいる?」


「お願いするわ」


 王宮なら、それはメイドの仕事だ。しかし、この二人きりの空間にはそのような者はいない。レオナルドが気を利かせてくれたことに感謝しつつ、その間にこの重苦しいドレスから普段着に着替えようと、アリアは隣の寝室へ向かおうとした。その時……。


「お姉さま!」


「ルーナちゃん!?」


 部屋のドアがノックもなしに開かれて、レオナルドの義母であるマチルダ夫人の家に寄宿しているルーナが部屋に飛び込んできた。


「もう……ダメじゃない。部屋に入るときは、ノックをしてもらわないと……」


 アリアは呆れたように、呼吸を乱している彼女にそう告げた。しかし、彼女は気にする様子もなく、そのままアリアに抱き着いた。


「ど、どうしたのよ!?一体……」


「よかった……。ハルシオンで女王様になるって話を聞いたので、もしかして戻ってこないのかと……」


 ルーナはホッとしたようにそう言った。しかし、その言葉にアリアも、そして、テーカップをトレイに載せて運んできたレオナルドも、驚いて固まった。


「ルーナちゃん。その話、どうして知ってるの?」


「え……?」


 真剣な眼差しでアリアに質問されて、ルーナはたじろいだ。そして、彼女の姿をよく見る。昔、ポトスから取り寄せてもらった絵本に描かれたお姫様のようなドレス姿をしている。


「もしかして、本当なのですか?」


「まあ、少しだけ違うとすれば、すぐには女王にはならないことくらいかな?」

 

 アリアは観念して、彼女には正直に話すことにした。ハルシオンの王太子になったこと、反乱を企てた叔父が破滅したことも含めて。


「だけど、このことは内緒にしていて欲しいの。もし知られたら……」


 きっと碌なことにはならない。アリアは、そのような予感がして、ルーナに口を閉ざすように念を押そうとした。しかし……


「お姉さま……。それは、無理です」


 ルーナは、はっきりと拒絶の意思を示した。それは、アリアにとって予想外の展開だった。


「ルーナちゃん、お願い。聞き分けて……」


「無理なものは無理ですよ。だって……」


 そう言いながら、ルーナは近くの窓を開けた。外から多くの人の声が聞こえてきた。


「もうすでにみんな知っているようですから」

 

「え……?」


 ルーナの言葉に、まさかと思い窓の外を見てみると、数百を超える人々が家の前に集まっていた。そして、アリアが顔を出すと誰かが言った。「我らが女王陛下万歳!」と。


「う、うそでしょ!?」


 外から繰り返し聞こえる「女王陛下万歳」の大合唱に、アリアは狼狽えた。


「本当にお姉さまって皆さんの人気があるんですね。あ……このお茶、美味しいですね」


「まあ、それだけこの町にはなくてはならない人と言うことなんでしょ。ルーナちゃん、このお菓子食べる?ハルシオンの王宮にあったやつだよ」


「うわぁ、感激です!お兄様、ありがとうございます」



「……あんたたち、絶対他人事だと思ってるでしょ?」


 そのまま隠れるのもなんだと思って、軽く手を一、二度振ってから窓を閉めたアリアは、自分のお茶を図々しく飲みながらティータイムに興じているルーナと、それに甲斐甲斐しく付き合うレオナルドに、怒りを込めて言った。


「それで、どうしてこんなことになってるのよ」


 ルーナが手にしようとしていたハルシオンのお菓子を横から掠めて、口に放り込んだアリアは、改めて何があったのかを彼女に問い質した。


「実は……」


 ルーナは、この話は2日前から町に広がっていると言った。しかも、発信源は、新町長となったボン・アシュレーだと。


「ボンが?どうして、彼が……」


「何でも、3日前の北部同盟の首脳会合で暴露したらしいですよ。新しい盟主が決まらないから、それならアリア女王を担いで、北部同盟を王国にしようって……」


「はあ!?」


 アリアは困惑して声を上げた。どうしてそうなるのかと思いながら。


「でも、さっきのルーナちゃんの様子だと、わたしはハルシオンに帰ってここにはいないのよね。どうやって統治するの?」


「それは、お姉さまが信任される方に治めてもらおうということらしいですわ。……それで、どうですか?わたしなら、いつでも心の準備はできてますよ」


 そう言って、ルーナはニコニコ顔で自分を指名するようにと進めてきた。アリアはため息をつきながら、「10年早いわよ」と言った。


「まあ、そういうことなら、まず、ボンに会って来るわ。表は……歩けそうにないから、レオ、お願いね」


「わかった」


 こうして、アリアは休む暇なく、レオナルドと共に町庁舎に転移した。


「ホント、このお菓子、美味しいわね」


 部屋にポリポリとお菓子を食べ続けるルーナを残して。

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