第188話 町長は、また失言する
ハルシオン王国で国王暗殺未遂事件から始まる一連の騒動が発生していたころ、海を隔てたオランジバークの『北部同盟政府』の会議室では、アリアの後任となる盟主の選出を巡って、会議が紛糾していた。
町長夫人であるイザベラは、夫の盟主継承は時期早々と諦めて、それならばと、最も友好的であるヤンを就任させるべく、ジャラール族を除く他の部族への根回しをした上で会議に臨んだのだが……。
「ヤン殿の盟主擁立には、明確に反対します」
ジャラール族のラウスが、同盟からの離脱、交易路の完全遮断をちらつかせながら強硬に反対したため、利害関係にある部族がヤン支持を取り下げたのだ。つまり、会議は振出しに戻った。
「……らちが明かぬ」
最年長のクレソン爺さんが、この場にいる皆の気持ちを代弁するかのように呟いた。
オランジバークのボンは阿呆で不適格。ネポムク族のヤン、あるいはジャラール族のラウスでは、同盟が瓦解。そして、他の者は意欲なし。
「大体、盟主は部族長でなければだめなのか?ポトスやアルカ帝国と渡り合えれば……例えば、オランジバークのマリアーノ将軍でもいいのではないか?」
軍の合同演習で交流があり、先の町長選挙の結果を残念に思っていたゾーラ族のシジリーがそう言うと、ゾエフ族のカムイも同調した。
「待て。それなら、何もマリアーノ将軍にこだわる必要はないだろう。我がジャラール族のマホラジャはどうだろうか。外務大臣として長年活躍していたこともあり、ポトスやアルカ帝国とも顔が利くぞ?」
「ラウス殿、それは一理ありますな。彼の御仁なら、確かに任せられるでしょう」
間髪入れずに、クモン族のミンが同調した。どうやら、取り込まれたらしいと、ヤンは苦々し気に見つめた。
「では、この二人を候補者として……10日後に多数決で決める。それでいいですかな?」
ようやく決着点が見えてきたと思って、レージーが会議を締めに入ろうと発言した。そのとき、ボンの手が上がった。
「ボン殿?何かご意見でもおありかな」
これ以上の揉め事はたくさんだと思い、一瞬、見なかったことにしようかとも思ったレージーであったが、それはそれで、あとで揉めると思い、発言を認めた。
すると、ボンは何故か起立した。
((((いや……起立する必要がどこにある……))))
この場にいた全ての部族長が同じことを思う中で、ボンは口を開いた。
「あの……考えたのですが、部族長でなくてもいいのであれば、アリアさんが辞める必要はないのではないでしょうか?」
先日の会議の後、イザベラの猛烈な特訓を受けて、話し方を矯正した成果を発揮して、ボンはそう言った。だが、周りからの反応はなく、ボンはまた失敗したのかと心配した。しかし……。
「阿呆かと思っていたが……」
「これはどうしたことだろうか?もしかして、替え玉か?」
「あり得るな。双子の弟がいたとか?」
「だが……言っていることはまとも……いや、会心のアイデアではないか?」
「確かに……アリア嬢が引き続きやってくれるのなら、何も問題ないわけで……」
大変失礼なことを言いながらも、ボンの発言は好意的に受け入れられたようだった。その様子に、ボンはホッと胸を撫で下ろした。
「しかし、アリア嬢はすでに退任を表明されているのですよ?お願いしてやってくれるとは……」
そんな会議室の空気に苛立ちを覚えながら、ラウスは鋭く指摘した。そもそも、勇者討伐に専念するから退任したという。それなのに、どうして引き受けてもらえると思えるのかと、呆れながら。しかし……。
「ああ、その勇者の事っスけど、何か解決したみたいっス。だから、困ってるってお願いしたら、案外、引き受けてもらえると思うんスよ。あの人、怖いけど情に脆いし……」
ボンは気が緩んでしまっていたせいか、いつもの口調でそう答えた。だが、話の内容だけに、それを指摘する者はいない。
「解決?それはどういうことか?」
そんな中で、ラウスはボンの発言に訝しく思って、改めて訊ねた。未だ勇者が死んだという知らせは届いていない。それなのに、何を言っているのかと。
すると、ボンはあやふやな言い方ではあるが、聞き捨てならないセリフを吐いた。
「イザベラから聞いたんスけどね、アリアさん、ハルシオンって国の王太子になったらしくて、近々、全世界に勇者を指名手配するらしいっスよ」
その言葉に、ラウスは固まった。ラウスだけではない、他の者も……。
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