第187話 父王は、白旗を上げる
ベルナールが牢へ連行された後、フランツ2世は宮内大臣のマイヤール伯爵と共に広間へ入った。そこには王妃マグナレーナとアリアが近衛兵に守られて待機していた。
いや、正確に言えば、守られているという表現は適切ではないのかもしれない。
「ご命令通り、王都の門は全て閉ざし、ルシュリー港にも兵を送りました。これでネズミ一匹、脱出することは叶いません!」
「ダメよ。それが油断なの。生き延びようとする人間の執念って凄まじいからね。ここまでしても何が起こるかわからないわよ。……そういえば、地下の下水道が王都の外と繋がっているということはないわよね?」
「か、確認します!」
「警察長官。市内に配備した警官たちに警告レベルを1段階上げることを通告して。ベルナール邸の騒動が伝われば、便乗して犯罪に走る者も現れるかもしれないからね。警戒してもし過ぎることはないということも合わせて伝えて」
「は、はい!直ちに伝令を送ります」
「それで、ベルナール王子邸に向かった第3連隊から何か連絡は?」
「まだ何も入っては……」
「遅いわね……。レオがそっちに行っているから、大丈夫だと思うけど……念のため、誰かを送ってもらえる?」
「畏まりました」
「それから……」
父親が部屋に入ってきたというのに、気づくことなくアリアはテキパキと軍に指示を出している。その姿に、フランツは唖然とした。
「あら、あなた。来てたの?」
そんな夫の姿に気づいたマグナレーナがクスクス笑いながら近づいてきた。
「これは……一体……」
「頼もしいでしょ。これなら、早々に楽隠居できると思わない?」
そう言いながら、マグナレーナは事の経緯を説明した。そもそものきっかけは、近衛軍の各連隊で主導権を争ったことにあるという。
「まあ、慣例ではこういった場合は、第1連隊の連隊長が指揮をとるべきなんだけど、ずっとベルナールにべったりだったからね。第2連隊長が信用できないと反発して……」
そこで、第2連隊は王妃に忠実だったことを思い出すフランツ。しかも、その王妃がこの場にいるのだ。恐らくは威を借りて、これまでの鬱憤を晴らすつもりもあり、強気に出たのだろう。なるほど、それなら揉めるなと思った。
「それで……アリアちゃんがね、初めは大人しくそこに座ってたんだけどね……どうも、我慢できなくなっちゃったみたいで……それなら、王太子である自分が指揮を執ると言い出して……」
そうしたら、あれよあれよといううちにこうなったと、マグナレーナは告げた。フランツは複雑な気持ちを抱えた。
(いや……いくら王太子でも、明らかな越権行為だよね?)
軍の統帥権は国王ただ一人にあるのだ。いくら、王太子と言えども、勝手に動かしていいわけではない。だが、目の前の光景を見れば、事態は自分が指揮を執るよりも上手く進められている。
(ホント、マグナレーナの言うとおり、隠居しちゃおうかな……)
自分が要らない子のような気がして、フランツは拗ねるのだった。
「あっ!レオ!」
そのとき、広間の入口に現れたあの小僧の姿を見て、アリアは嬉しそうに声を上げた。父親である自分がいることを未だに気づいていないというのに、これはどういうことかと、フランツはさらに拗ねた。
しかし、そんな小僧がアリアの所にはいかずに、まず自分の所にやってきた。フランツは少しだけ嬉しかった。
「どうした?娘の所にはいかないのか?」
「いえ……先に報告をと思いまして……」
「報告?」
「ベルナールの妃、セリーヌを討ち取りました」
(討ち取る?どういうことだ。相手は女なのに……?)
フランツが心の内でそう思っていると、やはり、周囲から非難の声が上がった。
「いくら罪人とはいえ、相手は女だろ!殺す必要はあるのか!!」
「そうだ!ただおまえが殺したかっただけだろ!!この殺人鬼が!!」
その声は、第1連隊に所属している者たちが中心となっているが、味方であるはずの第2連隊からもポツポツ、そこまで酷い言葉ではなくても、非難する声が出ている。
「静まれ!陛下の御前成るぞ!!」
見かねたマイヤール伯爵が一喝した。まだ完全ではないが、一先ずは静かになった。
「それで……理由は?」
第1連隊の者どもの言うように、本当に人殺しをしたかっただけと言うのなら、アリアとの結婚を許すわけにはいかない。例え、家出をされて、廃嫡することになったとしてもだ。そう強い気持ちを持ち、答えを待つ。すると……
「セリーヌ妃……いえ、セリーヌ妃と名乗る者は、魔族でした」
レオナルドははっきりと答え、証拠とばかりにその亡骸をこの場に運び込ませた。その顔は青く、頭には角があった。
「明らかに……魔族ですな。しかも、この顔は……魔王軍12将のひとり、『冷血夫人』の異名を持つサンドラではないでしょうか?」
その場に居合わせた警察長官であるラバール子爵が部下から渡されたリストらしきを見ながらそう言うと、再び広間は騒めいた。
「さすがは、大賢者殿の御子息ですね。やっぱり、アリアの婿に相応しいわ!」
そのとき、フランツの隣にいたマグナレーナが皆に聞こえるように大きな声で言った。まるで、このタイミングを待っていたかのように。
「お、おい、なにを……」
何を言っているのか理解が追い付かずに、フランツは戸惑いの声を上げた。しかし……
「なんと!大賢者様の御子息ですと!?」
「なるほど……それなら、冷血夫人も敵わないわけだ……」
「待てよ?今、アリア殿下の婿と言われなかったか?」
「えっ!?それなら、未来の王配殿下?夫婦そろって、化け物かよ……」
この場に居合わせた者たちは口々にそう言った。当然、フランツの耳にも届く。
「こうなった以上、認めざるを得ないでしょ?」
そのとき、耳元で囁く声が聞こえた。フランツはしてやられたと思いながらも、これ以上反対する理由が浮かばなかった。そして、ため息を一つ零した後、クスクス笑う王妃に白旗を上げたのだった。
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