第186話 悪女は、逃走を図る

「そう……やっぱり王は無事だったのね」


 ちょうど、ベルナールが王宮に到着したころ、王宮を探らせていた別の者から続報が入り、屋敷にいたセリーヌは何の感情も籠っていない声でそう言った。


 目の前にいるメイド姿の女は、国王フランツ2世が宮内大臣マイヤール伯爵を内々に呼びに行く役割を担ったという。その伯爵に呼び出されてベルナールは王宮に行ったのだから、その先には罠が待ち構えていることだろう。百にひとつも、助かるとは思えなかった。


「……となると、ベルナールはもうお終いね。ホント、使えないったらありゃしない」


 セリーヌは残念そうにしながらも、吐き捨てるように言った。「王妃になって、この国に血の雨を降らせようと思ったのに」と、飛んでもないことを言いながらも。


「如何なさいますか?」


 しかし、この目の前のメイドは眉一つ動かさずに、訊き返した。「共に滅びるおつもりはないのでしょう?」と付け足して。


「当たり前よ!」


 セリーヌは、メイドに向かってはっきりと宣言した。メイドは、不敵に笑った。


「それでは……」


「ええ、撤収よ、カリーヌ。予ての手筈通り、余計なものは持たずにこのまま出るわよ」


「御意」


 メイドはそう言うと、姿を変えた。体は大きくなり、背中から翼が生えた。


 『デスホーク』——。


 もし、魔族に詳しい冒険者ならば、そう言っただろう。


「どうぞ、お乗りください」


「ありがとう」


 セリーヌは、勧められるままにそのデスホークと化したカリーヌの背に乗った。その瞬間、翼が大きく羽ばたき、部屋の窓が吹き飛んだ。


「何事だっ!」


 屋敷の門の前に集まっていた兵を率いていた隊長らしき男が、空を指差して叫んだ。


「ねえ、アイツ殺しとこうよ」


 セリーヌがそう言うと、デスホークは目から光線を飛ばして、馬に跨っていたその指揮官を馬ごと石に変えた。


「た、隊長!?」


 兵士たちは何が起こったのか理解ができずに混乱した。その右往左往する姿を上空で見ながら、セリーヌは大笑いした。


「ははは!ああ、おもしろいわ!まるで、蟻のようね!」


「いっそのこと、全員殺しておきますか?」


「いや、それには及ばないわ。大賢者がいつ戻って来るかわからないからね。いない間に逃げないと」


 セリーヌはそう言って、カリーヌに先に進むように促した。しかし……


「どこに行くのかな?」


 地上から一人の男が飛んできて、自分たちの行く先を遮った。


「誰?死にたくなかったら、そこをどいてくれないかしら?」


「どけっと言われて、どく奴がいるのか?もちろん、アンタたちを捕まえるために来たんだから、それはできない相談だ!」


 そう言って、男は素早く石礫を放った。


(速いっ!!)


 セリーヌがそう思ったとき、石礫はカリーヌの脳天が貫かれた。


「カリーヌっ!?」


 セリーヌは慌てて治癒魔法をかけようとするが、即死しており、効果はなかった。そして、魔力源を失った巨体は落下を始めた。


「ちっ!」


 セリーヌは舌打ちして、物言わぬ骸となったカリーヌの背中から飛ぶと、その姿を変化させた。


「む?その姿……おまえも魔族か!」


 浮遊魔法を駆使して宙に浮き、男と対峙するセリーヌの……その姿は、一見人と同じように見えるが、肌の色は青く、頭には角が生えていた。


「よくも!カリーヌをやってくれたわね!!」


 そう言いながら、セリーヌは得意な電撃魔法を連発した。しかし、男はそれを何でもないように躱した。


「くそっ!……なら、これならどうだ!!」


 ここであまり時間を掛けたくないと考えたセリーヌは、一気に勝負に出る。巨大な雷を男の頭上に叩き落としてやろうと、呪文を唱えた。晴天だった空に黒い雲が急に立ち込めた。


「はははっ!どこの誰だか知らないが……死にな!!」


 その瞬間、空から雷が男の頭上を目掛けて落ちてきた。しかし……


「へっ!?」


 雷が当たる寸前に、男の姿は消えた。


「どこだ!どこに行った!?」


 セリーヌは信じられない思いで周囲を見渡した。すると、「ここだよ」と言う声が背後から聞こえた。


「えっ!?」


 振り返ると同時に、自分の口から血がこぼれた。


「悪いな。あんた、手強いから殺す以外に方法はなかったわ」


「よく言うよ……。全然、余裕だったじゃないか……」


 腹に大きな穴が開いていた。治癒魔法を使えば、助かるかもしれないが、この男がそれを許すとは思えない。


「降伏すれば、治癒魔法をかけて助けてやるが?」


「はん!どうせ、情報を洗いざらい吐かされた挙句……殺されるんだから……意味ないさ……」

 

 次第に息が苦しくなる中で、セリーヌはそう言った。すると、男は「違いない」と彼女の意見を肯定した。


「最後に……あんた、何者だい?」


 せめて、冥途の土産に訊いておきたいと思い、セリーヌは最後の気力を振り絞って訊ねた。


「レオナルド・アンベール。大賢者ユーグ・アンベールの息子だ」


「そう……どおりで……」


 最後に微笑んで、セリーヌはそのまま地上に向けて落下していった。

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