第185話 王弟は、成功を確信して罠に落ちる

「なに?マイヤール伯爵が?」


「はい。至急、王宮に来ていただきたいと。但し、殿下は謹慎中でございますから、人目に付かないよう、供周りは少人数で裏玄関から入っていただくようにと……」


 宮内省の役人が頭を垂れて恭しく伝えてきた。それは、ベルナールにとって、待ちに待った知らせだった。だから……


「わかった。大臣には承知したと伝えてくれ」


 何のためらいもなく、承諾する意志を伝えた。


「かしこまりました」


 それ以上のことは何も言わずに、使者は退室する。すると、入れ替わるようにして、隣の部屋からセリーヌが出てきた。しかし、何か引っかかるのか、不安そうな表情を見せた。


「どうした?何か気になることでもあるのか」


 あの使者が来る前に、王宮に忍ばせている別の者からも王宮内で3発の銃声が鳴り響いたと聞いている。それだけでは、生死は不明だったが、先程の使者の様子では、3人とも死んだのだろう。つまり、計画通りだ。それは、彼女も理解しているはずだが……。


「もちろん、状況から考えればそうよね。あなたの言うとおりだわ。わたしも3人は死んだと思っている。もし、誰か生きていたら、さっきの使者はここには来ないはずだわ」


 誰も死ななかった、あるいはフランツ、マグナレーナが死んで、あの娘が生き残っていたら、使者は必要ないし、マグナレーナのみ生きていたとしても、その場合は、ケヴィン王子の所にあの使者は行っていたはずだ。改めてそう説明するセリーヌ。


「それなら、何も問題はないじゃないか」


「でも、気になるのよ。何か見落としてるんじゃないかって……」


 それは根拠が全くない、ただの勘だ。だが、妙に気にかかるのは事実だった。


「それならなにか?おまえは、王宮に行くべきではないというのか?」


 ベルナールは、ため息をつきながら、いつも賢いこの妃に訊ねた。もちろん、その場合は、王位はケヴィン王子に転がり込むだろうという話も交えて。セリーヌは何も答えれなかった。


「まあ、気を付けるよ」


 そんな彼女の様子にらちが明かないと見て、ベルナールは話を打ち切り、そう一言だけ告げて、支度のために部屋を出て行った。あとには、セリーヌが残されたが、彼女はしばらくその場から動けなかった。「もしもの時、気を付けたからといって、どうにかなるのか」と思いながらも……。





「どうぞ、こちらへ」


 王宮の裏玄関に到着したベルナールは、迎えに来たマイヤール伯爵の案内で、王の寝室……ではなく、地下室へと向かった。そこは、時間魔法という物体の時を止める特殊な魔法が施された部屋で、崩御した国王が埋葬されるまでの間、安置される場所だ。


(やはり、死んでいたか……)


 マイヤール伯爵の後ろを歩きながら、ベルナールは確信した。入り口の所で、供周りを置いて単身でこの場所を歩いているが、恐れるものは最早何もなかった。そして、二人は地下室の扉の前に立った。


「さあ、どうぞ。この中で皆さんお待ちかねです」


「皆さん?待っている?」


 その言葉に、違和感を覚えるが……ベルナールはマイヤール伯爵に促されるまま扉を開けた。


「やあ、待っていたよ。ベルナール」


「あ……兄上……」


 謀られたと悟り、踵を返そうと振り向くも、そこにはマイヤール伯爵と階段から駆け降りてきた近衛兵が固めていた。


「閣下。表の連中はすべて捕らえました」


「ご苦労」


「……おまえ、裏切ったのか!?」


 マイヤール伯爵と近衛兵のやり取りを目にして、ベルナールは伯爵を睨みつけながら罵った。「この恩知らずが」と。


 だが、そんなベルナールにフランツは告げた。


「それで、ベルナールよ。こうなった以上、覚悟はできてるんだろうな?」


「ひっ!」


 フランツの手には抜身の剣が握られていた。王宮では、近衛兵を除いて寸鉄を帯びないのがしきたりのため、今のベルナールは丸腰。もし、その刃が振り下ろされれば、抗う術はない。


「あ、兄上……。なにやら、誤解をされているようですが……わたしは暗殺事件とは何の関わり合いも……」


 ベルナールは助かるために、必死で弁明を試みた。……墓穴を掘ったとは気づかずに。


「馬鹿だなぁ……。暗殺事件のこと、何で謹慎中のおまえが知ってるんだ?事件のことは、そこにいるマイヤールですら知らないというのに」


「へ?」


 思わず声を漏らして、振り返ったベルナール。そんな彼を憐れみながら、マイヤールは告げた。


「わたしは、殿下が謀反を企んでいるから、ここにおびき寄せて逃げ道を塞ぐようにとしか言われていません。暗殺事件?なんですか、それは……」


 マイヤールは、近衛兵たちにも訊ねるが、誰も知る者はいなかった。


「しかし……王宮内で銃声が聞こえたと……」


「王宮内で銃声が聞こえたからって、それがなぜ王の部屋だと思ったのだ。部屋は一杯あるぞ。まあ、そんなことはそなたも知っておるだろうがな……」


 つまり、暗殺事件のことを知るのは、あのときあの場にいたフランツたち4名と企んだものしかいないのだとフランツは言った。その言葉に、ついにベルナールは肩を落とし、その場に崩れ落ちた。


「連れていけ!」


「はっ!」


 フランツがただ一言、そのように命じた。近衛兵は命令に従い、まず、ベルナールの手首に手錠をはめた。そして、強引に立ち上がらせる。その扱いは、彼が最早王族ではなく、罪人に落ちたことを示していた。


「追って、沙汰を下す。それまで牢の中で、残り短い人生を送るように」


 容赦なく告げられた兄の言葉に、返す言葉が見つからない。ベルナールはそのまま近衛兵らによって連行されるのだった。

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