第183話 女商人は、破壊音の真相を訊ねる
「それで、あれは何だったのよ」
父フランツから与えられた王太子邸に転移し、そのまま母との面会を取り付けるために、ドレスに着替えて王宮へ向かう道すがら、アリアはレオナルドに訊ねてみた。レオナルドとユーグがいたはずの部屋から、激しい破壊音が聞こえて事についてだ。
「…………」
「あのあと、ユーグさんと目を合わせようとしないし……一体どうしたの?喧嘩でもしたの?」
ユーグは、アリアにとっていずれ義理の父親になる人なのだ。当然、良好な関係を築けたらいいと思っているのだが……肝心のレオナルドがこのようにムスッとしてさっきから問いかけに答えようとしないのだ。心配になってくる。
「…………」
「はぁ……まあ、言いたくないのなら別にいいけど……」
これから国王である父に会うというのにそのムスッとした顔は何とかならないのかとアリアは言った。このままじゃ、「印象、最悪よ」と添えて。
「……これでいいか?」
流石に、自分でもまずいと思ったのだろう。何しろ、ドタバタしていてまだ結婚の話は伝えていない。レオナルドは、先程とは打って変わって、いつもの温和な表情に戻した。「これなら大丈夫だろ」と言って。
「それで、何があったの?」
「いや……ずるいだろ。このタイミングでその質問は……」
話のテーマが変わったと思って油断していたレオナルドは、虚を突かれてため息交じりで言葉を零した。そんな彼に、アリアはクスクス笑いながら言った。
「だって、気になるじゃない」
「いや、そうかもしれないけど……はあ、仕方ない」
ついに観念して、レオナルドはあの部屋であったことをアリアに話した。
「それじゃ、どうしてお母様と別れることになったのか、理由を教えてくれなかったことが許せなかったと?」
「ああ……だって、親父が母さんを捨てなければって思うじゃないか。俺だっておかげで色々苦労したんだから。だから、教えてくれって言っているのに……」
「『そんなこと、おまえは知らなくていい』……って言われたのね?」
「ああ……ん?どうして、それを?」
「だって、聞こえてきたんだもん。ユーグさんのその言葉が隣の部屋にいる私たちの耳にね。意味は分からなかったけど、これでつながったわ」
アリアは、悩みが解決したようなすっきりした顔で答えた。
「あのな……俺、真剣に悩んでるんだけど?」
しかし、そんなアリアの態度が気に食わなかったのか、レオナルドはまた不貞腐れたようにしてそう言った。すると、アリアの足が止まった。
「アリア?」
今の態度はよくなかったか、とレオナルドは反省する中……アリアは振り向いて、真剣にレオナルドに訊ねた。
「レオ。もし、それを知ってあなたはどうするの?」
「え……」
「あなたは知って、何ができるの?」
「…………」
レオナルドは答えることができなかった。母はすでに死に、賢者と言えども、昔に戻ることはできない。すべて終わった過去の話で、何をどうしようと覆すことができない。
「それに……当事者じゃないと理解できないことだってあると思うの。そこは、例え血の繋がった子供でも、立ち入っちゃダメなんじゃないかな。わたしたちだってそうでしょ?」
仮に、碌に事情も知ろうともせずに、「身分違いだから結婚を許さない」と言われて納得できるかと言えば、そんなことはない。例え、親であっても踏み込ませるつもりはないと言うアリア。
「だから、ユーグさんの思い出に立ち入らないようにしましょうよ」
レオナルドに向けて、諭すようにそう言った。
「アリア……わかった。どうやら、俺が子供だったようだ」
アリアの真意に気づいて、レオナルドは素直にそう言った。これから必要なのは、過去ではなく未来なのだと……そう思い直して。そして、それは正解だったようで、アリアの表情が笑顔に変わった。
「ユーグさんには後で謝りましょう。大丈夫よ。きっと許してくれるわ。どうしても不安だったら、パパに一筆書いてもらうから安心して」
アリアは簡単そうに「仲直りを命令してもらいましょう」と言ったが、それはすなわち『勅命』だ。
「いやいや、大丈夫だよ!ただの親子喧嘩だから、自分たちで何とかするから!!」
流石にそれはやりすぎだと思い、レオナルドは慌てて国王の一筆は不要と言った。もちろん、アリアもそのことはわかっている。
「だったら、必ず何とかしなさいね」
ただ一言、そう言って微笑んだ。レオナルドは頷いた。
「さて、旦那様の悩み事も解決したし、パパの所に行きましょうか!」
アリアは再び元気よく歩き出した。レオナルドはそんな彼女を追いかけたのだった。
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