第182話 女商人は、迷いを絶ち切る

「え……あなた、王太子になったの?」


「そうなのよ。それで、どうしようかと思って……」


 二人きりになり、改めてマグナレーナ王妃と会ったことを訊かれたアリアは、これまでのことを話すとともに、今、直面している悩みについて打ち明けた。


 なお、レオナルドとユーグは隣の部屋で、親子の対話をしているため、ここにはいない。時折、激しい破壊音や怒鳴る声が聞こえてくるが……きっと、彼らにしかわからない愛情表現なのだろう。


「まあ、わたしの所にも暗殺者が来たくらいだし……もし、ベルナール王子が即位したら狙われただろうという話は、あながち間違いじゃないと思うわよ」


 だから、判断は間違っていないとエレノアは励ました。事ここに至ってはやむを得ないと。もちろん、娘に重荷を背負わす事態を引き起こしたフランツには、不満があったが……。


「それで、アリアはどうしたいの?女王になってもいいかなと思ってるの?それとも、本当はなりたくないの?」


「わからないわ。だって、王女だと知ったのも此間の話だし、その上、次の女王だなんて言われたって……はっきり言って、キャパオーバーよ」


 第一、しがない商人でしかない自分にそんな大任が務まるのか。アリアは抱えている不安を正直に打ち明けた。すると、エレノアはクスクスと笑った。


「ママ?」


「大丈夫じゃない?ベルナールのことは若い時に知っているけど、あいつ、口だけのボンボンよ。度胸はないし、人を動かすことはあっても、自分の手は決して汚さないタイプ。アイツができると思ってるんなら、あなたなら楽勝よ!」


 それと、「お母さんでしょ」と忘れずに付け加えて、エレノアはアリアを励ました。


「でも……わたし、ハルシオン王国には此間行っただけで何も知らないし……。本当に、大丈夫?」


 アリアはそれでもなお、心細そうな表情をエレノアに見せた。すると、エレノアは呆れたようにため息をついた。


「あのね……。ただ一人、見知らぬ異大陸の鄙びた村に置き去りにされたのに、現地部族を手懐けて国は建国するわ、襲ってきた盗賊団を返り討ちにして手下にするわ、悪徳商人を叩き潰してその身代をそっくり乗っ取るわ……やりたい放題のあなたが何を言ってるのかしら?そんなこと、ベルナールどころか、フランツにだってできやしないわよ」


 それとも、久しぶりに会って甘えているのかしらと、エレノアは厳しく言った。「この不良娘が」と付け加えて。


「だからわたしは、あなたなら女王としての務めを果たせると思っているわ。そのうえで、あなたはどうしたいのかと訊ねているの。やってもいいのか、それともやりたくないのか。それによっては、多くの人の運命が変わるのだから、今、ここではっきり決めなさい!」


 エレノアは、アリアの目をまっすぐ見据えて、決断を迫った。中途半端は許さないと。すると、アリアは迷わずに言った。


「やるわよ!女王だろうが、魔王だろうが、引き受けた以上、やってやるわよ!わたしは絶対に逃げないんだから!!」

 

 その力強い姿は、ルクレティアにいたころの彼女を知る者には想像がつかないだろう。エレノアにしてもそうだった。だが、頼もしい。


(これなら、本当に大丈夫ね)


 娘の成長に、エレノアは喜んだ。もちろん、顔には出さずに心の中で。頬が緩みそうになるが、厳しい母親の姿を保つために頑張った。


「そういえば、お母さんはパパに会わないの?」


「へっ!?」


 ……だから、突然そのように話題を変えられてしまい、ついていけずに思わず声を漏らしてしまった。


「ど、どうして、わたしがあの人に会わなければならないのよ」


「だって、ベルナールが失脚したら、もう身を隠す必要なんかないじゃない。別にマグナレーナお義母さまとも仲が悪いわけじゃないでしょ?」


 それは直接聞いたわけではないが、ある程度の確信はアリアの中にあった。「今なら、レオナルドの転移魔法ですぐにでも会えるわよ」と告げると、エレノアは二の足を踏んだ。


「で、でも……わたし、歳をとって、昔ほど綺麗じゃ……」


「何言ってるのよ。歳を取るのはみんな一緒でしょ?パパも、写真の姿よりかなり老けていたわよ。加齢臭もきつかったし……。あ……でも、マグナレーナお義母さまは、見た目は若いわね……」


 「あれで40歳を過ぎているなんて、やっぱり反則よね」というアリアの言葉に、エレノアはより一層二の足を踏んだ。やはり、老いた姿は見せたくない。そう思って。


「はは……アリア。悪いけど、わたしは遠慮を……」


 エレノアは、改めて娘の勧めを拒もうとした。だが、アリアは許さない。


「ダメよ、ママ。やっぱり、わたしは会ってほしいと思うのよ。だから、パパたちと相談して段取りを決めるからそのつもりで。ああ、楽しみだわ!」


「いや……だから、わたしは……」


「大丈夫よ!この町には、こんな貧相なわたしをお姫様にしてくれた凄腕のスタッフの皆様がいるから!!」


 だから、何も心配する必要はないと、アリアは楽しそうに言った。


 その姿はまさに暴君。エレノアはなおも拒もうとするが、結局押し切られて、最後はため息をつきながら承諾するのだった。

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