第181話 女商人は、母の再婚を疑う
「ママ!」
クロエから聞いたホテルのラウンジで、ティーカップを傾けようとしていたエレノアの姿を確認して、アリアは力の限り叫んだ。その声にその場に居合わせた多くの人の視線が向けられたことも気にせずに。
「ちょ、ちょっと……ママって……」
エレノアは、周囲の目が気になって赤面しながら、駆け寄ってくる娘の言動に戸惑いを見せた。あれほど「お母さん」と言うようにと矯正してきたのに、これはどういうことかと思いながら。
ただ、どうやら元気にやっていたようだ。そのことだけはしっかり理解して、安堵の息をついて、アリアが近づく、そのときを待った。
「ごめんなさい。お店の方に来てもらっていたのに、留守していて……」
「そのことはいいのよ。前触れもなく訪れたわたしが悪かったから。ただ……」
エレノアはそう言って周囲を見るように、アリアに合図を送った。
「あ……」
周りの人たちが自分たちを見ていることに気がついて、アリアは先程までの行動を恥じた。エレノアは、そんな彼女にため息交じりで言う。
「……前から言ってるけど、あなたはもう成人したんだから、ママって呼んじゃダメでしょ。10歳も年下のヨっちゃんに子供っぽいって笑われたことを忘れたの?」
「そうだったわ!わたしってば、あの日、『もうママだなんて呼ばない』と夕日に誓ったんだった!!マグナレーナ・ママ……いえ、お義母様の影響ね。気を付けないと……」
二人の成り行きを近くで見守っていたレオナルドは、「一体、いくつ誓いを立ててるんだ」と呆れたが、一方で「マグナレーナ」の名前が出たことに、エレノアの眉が動いた。
「ちょっと、アリア。もしかして……あなた、マグナレーナに会ったの?」
「うん、そうよ」
アリアは悪びれずに答えた。しかも、会ったのは昨日と言うからエレノアは驚いた。
「どうして?なんで、マグナレーナがこっちにいるのよ!」
「えっ!?ああ、そっか。そう思うよね。実はね……」
転移魔法で移動したことを正直に伝えようとしたアリア。しかし、そこに待ったをかける者が現れた。
「エレノアさん。ここは人目がつくから、場所を移した方がいいでしょう」
その男は、サングラスをかけてどこか怪しげな姿をしていた。アリアはもしかしてベルナール派の刺客かと警戒するが、エレノアは素直に応じて、一先ずエレノアが宿泊している部屋へ移動することになった。
「マ……お母さん。あの人、誰?」
男の後ろをついて歩きながら、アリアが小声で訊ねた。ただ……どこかで見たような気もしたが、思い出せない。
「フフ……誰でしょうかね」
エレノアは「もうすぐわかるわ」と言うだけで、それ以上のことは答えなかった。その様子から、敵ではないと理解したアリアは、取り合えず様子を見ることにした。
「それで、どうする?アリアちゃんの説明からする?それとも、先に俺の正体が知りたい?」
部屋に入るなり、男はアリアにそう訊ねた。しかし、質問の内容よりも、初対面なのに、いきなり「ちゃん付け」されて、アリアは戸惑う。もしかして、先程のやり取りを馬鹿にしているのかと思って。
すると、そんな彼女をかばうように、レオナルドが一歩前に出て、代わりに答えた。
「おい、じじい!誰だか知らないが、俺の婚約者を馬鹿にしたら、ただじゃ済まさないぞ!」
「ちょ、ちょっと、レオ!いきなり、何言うの!?」
その心意気が嬉しくないわけではないが、恐らく味方の人にいきなり喧嘩腰になるのはどうなのかと、アリアは止めに入った。しかし……
「ああ、いいんですよ、アリアちゃん。これから、あなたたちとは『親子』になるのですから、これくらいのヤンチャは……」
「「親子!?」」
今にも殴りかかろうとしていたレオナルドも、それを止めに入ろうとしたアリアも、思わず声を重ねて驚いた。そして、どういうことなのかと、アリアはエレノアに訊ねた。
「まあ……確かに、間違ってはないわね……」
エレノアは、男の言葉を肯定した。それがどういう意味を差すのか、大人であるアリアが知らないはずがない。だから、確認した。
「ママ……その人と結婚するの?」
「「へっ!?」」
アリアから思わぬ問いかけに、今度はエレノアとユーグの驚く声が重なった。
「ち、違うのよ!この人は……」
「そうだよ!俺たちはそんな関係じゃ……」
二人は揃って否定しようとするが、その息はぴったり合っていた。そんな二人に微笑みながらアリアは言う。
「別にいいのよ、ママ。わたし、子供じゃないんだから、再婚に反対しないわよ」
そういいながら、そもそも母エレノアは父フランツと結婚していないことを思い出して、それなら、自分たちの結婚式と合わせてやるのもありなのかな……とさえも思った。
「違う!俺は結婚なんてしない!君たちと親子になると言ったのは、そう言う意味じゃないんだ!」
そう言って、ユーグはサングラスを外して向き合った。その瞬間、アリアは、彼が何を言っていたのか、思い当たった。
「改めて、名乗らせていただく。わたしは、ユーグ・アンベール。大賢者にして、そこにいるレオナルドの父親だ!」
「へっ!?」
その言葉に、今度はレオナルドがただ一人呆けた。
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