第180話 女商人は、相談するも見捨てられる

 摂政会議の結末を見届けてオランジバークに戻ったアリアは、翌朝、頭の中を一度整理したうえで、町庁舎にいるイザベラを訪ねた。今後の対応について、相談するためだ。


「……というわけなんだけど、これからどうしたらいいのかな……」


 こういうドロドロした話、得意でしょ?と言うアリアに、流石のイザベラも苦笑いを浮かべる。頼られているのか馬鹿にされているのか、微妙だなと思いながら。


「まあ、そこまで状況が切迫してしまえば、引き受けて正解だと思いますよ」


 さもなければ、フランツ2世の言うように、多くの血が流れただろうと初めに告げるイザベラ。それは何もハルシオン王国内に限った話ではない。アリアを追ってこの北部同盟にハルシオン軍が攻め込んでくる可能性もあっただろうと。


「でも、わたしには王位を望む気持ちなんてなかったのよ?」


「アリアさんが王位に野心がないと言っても、アリアさんの子や孫が災いのタネにならないとは限りませんからね。わたしなら、きっとそうしますよ」


 イザベラはそう言って、アリアの判断は間違っていないと励ました。アリアは、まずホッと胸を撫で下ろした。


「それで、これからどうしたら……というご相談ですけど……」


 アリアは期待してイザベラを見る。ここからが本題なのだ。そう思って彼女の言葉を聞き逃すまいと集中していると……イザベラは指を組み、目を瞑った。


「最早、どうしようもないかと思います。アリア王太子殿下の行く末に、神のご加護を……」


「ちょ、ちょっと!見捨てないでよぉ!!」


 神に祈りを捧げるイザベラに、アリアは声を上げて救いを求めた。イザベラは、苦笑いを浮かべて告げた。


「だって、わたしはただのシスターですよ?さすがに大国の王家のご事情に口を挟むわけには……」


 そういった悩みは、お家の方とよくご相談されたらというイザベラに、どこかで聞いたセリフだなと思いながら、アリアは絶望した。





「……ということなのよ。酷いと思わない?」


「いや……それを僕に言われても……」


 イザベラに見捨てられたことを半ば八つ当たり気味にぶつけられて、シーロは困惑していた。ここは、『シーロ&ニーナ製作所』の研究施設の中。さっきから、研究の進捗を説明しようとしているのに、これでは話が進まないと呆れ気味だ。


「しかし、アリアさんが女王様か……。いや、全然違和感ないですね」


 彼女の実力なら、確かに申し分はないだろうなと思いながらシーロは呟いた。その瞬間、アリアの目元がキッと吊り上がった。


「それはどういう意味よ!あなたまで、鞭と蝋燭持ったわたしの姿を想像したんじゃないわよね!?」


「へっ!?」


 どうしてそんな話になるのかわからず、シーロは戸惑った。しかし、アリアの後ろにいるレオナルドは顔に生々しい引っ掻き傷を晒しながらも、笑いをこらえている。その様子に、何があったのか、シーロは理解した。


「ご、誤解ですよ。そっちの女王様じゃなくて……」


 レオナルドのようになりたくないと思い、シーロは必死で弁明する。弁明しながら……それも似合うな、と少し思った。


「今!想像したでしょ!!」


「い、いえ……決してそのようなことは……」


 そうは言ったものの、たぶん信じてはくれないだろうなと思い、この話題から逃れるために、シーロは脳内に代わるテーマを求めた。そして……


「そ、それよりも……そうだ。思い出しましたよ。イザベラさんが言っていた『お家の方』がポトスに来ていたことを……」


 ようやくブラス商会のクロエ会頭からの言伝を見つけて、アリアに伝えた。母親を名乗る方がポトスに来ていることを。詰め寄っていたアリアの動きが止まった。


「母?」


 アリアは、まさかと目を見開いた。思い当たるのは、ハルシオンにいる義母ではなく、ルクレティアにいる実の母親のこと……。


「なんでも、アリアさんがブラス商会の会頭になられたと聞いて、訪ねてきた……って?アリアさん?どこに……」


 目の前から忽然と姿を消したアリアを探すように、シーロは周囲を見渡した。すると、ニーナはクスクス笑いながら言った。


「あのアリアさんが……あんなに慌てて転移するなんてね。面白いものを見たわ」


 つまり、居ても立っても居られずに、レオナルドと共にポトスに飛んだということなのだろう。ようやく、そのことを理解して……シーロはため息交じりで呟いた。


「結局、今日の報告会は中止だな……」


 次の部屋には、オズワルドと共に研究、開発した往復動蒸気機関の試作品が置かれていたのだが、そのお披露目はこうして次回に延期されるのだった。

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