第179話 悪女は、国王一家の皆殺しをお勧めする

「どうしたの?」


 家に帰るなり、そのまま無言で自室に籠ってしまったベルナールを追ってきたセリーヌが気遣いながら訊ねた。


(もしかして、今日決まらなかったのかしら?根回しはしていたけど……まさか、土壇場で躊躇した奴がいたのかしら?)


 何しろ、今まで王妃に尻尾を振ってた奴らだ。睨まれて、ベルナールの立太子案に手を挙げなかった可能性は十分に考えられた。


 だが、フィネル伯爵が離脱した以上、ケヴィン王子を支持する者たちはこの先も減り続けるだろう。いくら王妃が結論を先延ばしにしようが、すでに選択肢は他にはなく、国王が崩御すれば、どのみちベルナールが即位することになるのだ。


(しかし、そんなことはこの人もわかっているはず。それなのに……)


 その表情は青白く、何かに怯えているような感じさえ受けた。そのとき、窓の外を見たセリーヌは、ある光景を見て違和感を覚えた。


「あれ……どういうことなの?どうして、王宮警察が……えっ!?何で、うちの門を閉じようとしてるの……」


 王宮警察に門を閉ざされるということは、閉門謹慎を命じられたことを意味する。王位継承争いに、事実上決着をつけたはずの勝者に対する対応とはとても思えず、セリーヌは声を荒げた。


「何があったの!怯えてないで言いなさい!!」


 その態度は、何があっても常に平然としている彼女らしからぬもので、ベルナールは驚いて目を丸くした。だが、この一言であの摂政会議から止まっていた思考が動き出したのも事実だった。


「実は……」


 ベルナールは、今日の摂政会議であったことを全て話した。意識不明だったはずの兄王が目覚めたこと、そして……勇者に殺させたはずの王女が生きて現れたことを。


「うそでしょ!?だって、港には現れなかったし、船員に訊いてもアイシャ王女以外に若い娘はいなかったって……」


 セリーヌは信じられないように、ベルナールの説明に反論した。勇者が殺していない可能性はあるとは考えていたが、生きていたとしても異大陸にいることは間違いないのだ。船に乗らずにどうやって海を渡ってくるのだと思って、その女は偽物じゃないかと主張した。しかし……。


「残念ながら……本物だった。亡き父上が結婚するときに母上に贈られた短剣を持っていたのだ。あの短剣は、子供の頃に何度も見せられていたから、見間違えるはずはない。……あの女は、間違いなく兄の娘だ」


 しかも、ご丁寧なことに剣の柄には、その亡き王太后の筆跡で「初孫に贈る」と記された書き付けも隠されていたというベルナール。「ホント、もうお手上げだった」と苦笑いを浮かべた。


「……事情はよくわかったわ。それでどうするつもり?」


 一方、乾いた笑いを零しているベルナールとは対照的に、セリーヌはまだ諦めてはいなかった。だから、訊ねる。これからどうするのかと。


「どうするって……はは、妙なことを訊くな……。兄が生きていて、後継者も決まった。もう、できることなんて何も……」


「まだ決まったわけじゃないわ!後継者……あの娘が死ねば……いいえ、この際、王も王妃もみんな死んでしまえば、あなたが国王陛下よ、ベルナール!!」


 だからしっかりしろと、セリーヌは恫喝するようにベルナールに迫った。しかし、さすがのベルナールもその言葉に声を失った。


「お、おい……いくらなんでも、兄を殺すなんて……」


 怖気づいて、力ない声でセリーヌに抵抗しようと試みるが、そんな彼の両肩をがっちり掴み、顔を近づけてセリーヌは言う。


「あなたはすでに王女を殺そうとした。そして、そのことはすでにバレているか、バレていなくても、近いうちに密告者によって暴かれてしまうでしょう。そうなれば、あなたも、子供たちも皆お終いよ。仲良く絞首台に連れていかれるわ……」


 その日の光景が不思議なことに脳裏に浮かび、ベルナールは青ざめた。


「い、いやだ……。まだ死にたくない。それに、子供たちまで殺させたくは……」


「だったら、腹を括りなさい。こうなったら、国王一家かうちか、どちらかが根絶やしになるまで戦うしかないのよっ!!」


 セリーヌはそう言って、改めてベルナールに強く迫った。その迫力に負けたのか、他に選択肢がなく諦めたのか、ベルナールの首が縦に動いた。


「そう……わかってくれて嬉しいわ。それじゃ、早速段取りを決めるわよ」


 毒が一番いいかしら?と呟きながら、寧ろ楽しそうにする彼女を見ながら、ベルナールはさっきの言葉に一理あるとは思うものの、本当にこれでいいのだろうかと悩むのだった。

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