第176話 女商人は、居眠りして王太子に立てられる

「なるほど……ベルナールの奴、そんなことまで……」


 娘が勇者に嵌められて、挙句殺されかかったとあっては、日頃温厚なフランツであっても許すことはできなかった。もちろん、これはアイシャの憶測に基づいた話で、証拠は全くないのだが、彼女にとっては最早形振り構っている場合ではなく、さも事実であるかのように報告した。


 ちなみにだが、この王の寝室には、マグナレーナ、アリアの他に、ケヴィン王子、アイシャ王女、ハラボー伯爵、そして、レオナルドがいる。昼からの摂政会議への対応策を相談するために、レオナルドの転移魔法を使って、密かに集まったのだ。


「それで、これからどうすればよいのだ?」


 腹案があるのだろうと訊ねるフランツに、アイシャははっきりと答えた。


「アリア王女殿下の存在を公表して、王太子に立てるべきだと思います」


 こうなってしまっては、他に選択肢がないとアイシャは言い、ハラボーもケヴィンも、そして、マグナレーナまでも賛意を示した。


 しかし、当のアリアからは何の反応もない。


「アリア……アリア……」


「ん?はっ!ご、ごめんなさい!!でも、寝てないよの?ただ目を瞑ってただけで……」


 昨夜、心配でほとんど眠っていなかったことが影響してか、こうして話し合いが始まってから何度も何度も舟を漕いでいるアリア。本気でそんな言い訳が通じると思っているのかと、皆笑った。


「むぅ……眠ってないわよ。信じてよ」


 そんな皆に反発するように、アリアはなおも言い張った。すると、フランツは何かを思いついて、試すように言った。


「では、アリア。先程のアイシャの話だが、君は賛成なのかい、それとも反対なのかい。どっちだ?」


「う……それは……」


 言い淀むアリアに皆の視線が集中する。レオナルドは、フランツの意図するところに気がついて、慌てて耳打ちしようとするが、それより先にアリアは答えてしまった。今更、眠っていたからわかりませんとは言えずに、「賛成です」と。


「ほう……その言葉に、二言はないかな?」


「二言は……ないわ……」


 間髪入れずに、畳みかけるように問われて、アリアはついそのように返してしまった。その瞬間、レオナルドを除いて、皆の雰囲気が柔らかくなった。


(どうしたんだろう?)


 アリアがそう思っていると、レオナルドが青ざめながら、先程の質問について説明した。


「えっ!?わたしが王太子っ!!」


 どうしてそんなことになったのかと、レオナルドを問い詰めるアリア。レオナルドは呆れながら言った。「眠っていたのを見抜かれて、言質を取られてしまった」と。アリアの顔は真っ赤に染まった。


「パパ!酷いわ!!だまし討ちよ。やり直しを要求します!!」


「あれ?二言はなかったんじゃないのかな?アリアは商人なのに、嘘をつくのかな?」


 そんなことをしてたら、信用を失っちゃうよと、フランツは揶揄うように言った。しかし、アリアは折れない。


「や・り・な・お・し!」


 その子供っぽい所は、母親であるエレノアにそっくりだな、と思いながら、フランツは「わかった、わかった」と受け入れた。その上で、改めて提案した。


「僕としては、アリアに跡を継いでほしいと思っているんだけど、どうしてもダメなのかい?」


「いや……だって、わたしにはやるべきことが……」


「ハラボーの言うとおり、それなら勇者を全世界に指名手配すればいいじゃないか。君が頷いてくれないと、多くの血が流れることになる。パパ、悲しいな……」


「う……でも……」


 今までなら、それでも強気で言い返していたアリアであったが、さすがに実の父親からそこまで言われてしまえば、今までのようにはいかない。


 そんなアリアを見て、フランツはもう一押しと別の提案をする。


「それなら、今の騒動を収めるためと思って、形だけでも受けてもらえないかな?」


「形だけ?」


「ああ。君たちのおかげで、パパはこの通りまだまだ元気だ。つまりだ。将来、国王に即位するかどうかは、それまでに考えて結論を出してくれればいいし、勇者への復讐も自由にやったらいい。この国にだって留まる必要はないよ。それなら、どうだい?」


 あくまで、不要な血を流す事態を避けるための方便として協力して欲しいというフランツ。アリアは、どうしようかと悩んだ。


「あの……お返事は今すぐじゃなくてはダメ?」


 だから、せめてこういうドロドロとした話に詳しそうな、イザベラに相談してから返事をしたいと思うアリアであったが……。


「ダメだよ、アリア。もう摂政会議まであまり時間がないんだから」


 フランツはそう言って、懐中時計を見せた。時刻は確かに11時半を過ぎている。会議の開始まで、あと1時間半だ。レオの転移魔法はあるが、このようなことをじっくり相談するには、時間は足りない。


「アリア……」


「大丈夫よ、レオ。でも、どうやら、他に選択肢はないみたいだね……」


 アリアは決断した。そして、心配するレオナルドに一言声を掛けると、改めて父に向き合って言った。


「わかったわよ。そこまで言われるのなら、引き受けます。王太子になります」

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