第175話 父王は、娘に加齢臭を指摘されて落ち込む
「えっ!?陛下がお目覚めに?」
「はい。それで、王妃陛下を……と」
早朝にもかかわらず、飛び込んできた侍女からそのように聞かされて、マグナレーナはクスリが本当に効いたことを知った。
「わかったわ。すぐ行くわ」
そう言って、侍女を下がらせると、隣の客室で休んでいるアリアをお越しに部屋に入る。しかし、アリアはすでに起床していて、昨日着ていたメイド服に着替えていた。
「あら?まだ7時前だというのに、起きてたの?」
「実は、あまり寝れなくて……」
それならと、早めに起きて仕事の資料に目を通していたと告げるアリア。机の上には、いくつかの書類の束が置かれているのが見えた。だが……
「それなら、さっきの話、聞こえたわよね」
「はい。薬、効いたようですね。よかった……」
アリアは、ホッとした表情を浮かべたが、目の下には隈ができて明らかに疲れた様子だった。その姿に、マグナレーナは愛しさを覚えた。
「それじゃ、パパの所に一緒に行きましょうか?」
「はい!」
それでも元気よくアリアは答えて、立ち上がった。
「……パパのことは、まだあまり知られてないのでしょうか?」
廊下に出て、国王の寝室に向かう途中、あまり騒ぎになっていないことに気がついて、アリアはマグナレーナに確認した。
「ええ。このことは、まだ公にはなっていないわ。知る者は、さっきのメイドと今朝から入っている衛兵くらいよ」
その衛兵も、昨夜のうちにマグナレーナが手配した者たちだ。薬が効いたときに備えて、今朝からの担当者を自分に味方する近衛軍第2連隊の者に入れ替えてもらったのだ。
「これは、王妃陛下。おはようございます」
寝室の扉の前に立つ、そのマグナレーナが言っていた衛兵たちが恭しく出迎えた。
「陛下のご様子は?」
「お目覚めにはなられましたが、歩き辛いと仰られています。恐らくは、1年間歩かれていないため、筋肉が衰えているためではないかと……」
「そう……」
マグナレーナは、少し悲しそうな表情を浮かべたが、それは仕方がないと言えば仕方がないことだった。ゆえに、それ以上は何も言わずに、部屋に入れるように指示した。そして……。
「わかっていると思うけど、陛下が目覚めたことは、摂政会議が開かれる午後までは誰にも知らせないように。例え、連隊長でも宮内大臣でもよ。いいわね?」
「はっ!」
マグナレーナは二人の衛兵に念を押したうえで、部屋に入った。もちろん、アリアもそれに続く。部屋の中、椅子に座って、丁度窓の外を眺めている男の姿があった。
「あなた……」
その一言に、フランツは反応して振り向いた。
「おお、マルグレーナ。しかし、どうしたんだ?何か、老けて見えるような……」
ガコン!
「痛ったぁ!」
「ママ!」
手に持っていた扇子を投げつけたマグナレーナと、それをまともに顔面に受けてしまったフランツ。その様子に驚いて、アリアが声を上げた。
「……1年も心配かけさせておいて、初めに言う言葉がそれ?もう信じられない!!」
マグナレーナはブンスカ怒りながら、フランツの側に仁王立ちして言った。だがフランツの方は、その言葉に呆けたような顔をして訊ねた。
「1年?それはどういう……」
「アラリコ・ポルセル病よ。あなたは、1年とちょっと前にそれにかかってずっと眠ってたのよ。ほら、そこのカレンダーを見て。今日は、王国暦238年7月20日よ」
「え゛……!?」
フランツは信じられないような顔をした。彼の中では、今日は王国暦237年3月5日だからだ。
「あと、もう一つ。あなたを驚かせる話があるわ。……アリアちゃん、こっちへ」
「は、はい」
いよいよ対面だろうと、アリアはドキドキしながら父・フランツの前に出る。すると、彼は驚いたような顔をして呟いた。
「エ……エレノア?」
「は?」
「帰ってきてくれたんだね!そうか!うん、そうだよな!僕が病気だと知って……」
そう言って、フランツは瞳に涙を溜めて、ゆっくりと立ち上がってアリアの前に立つと、そのまま抱きしめた。
「ちょ……パパ……」
「もう離さないよ、エレノア。これから、一緒に……ん?パパ?」
妙な違和感を感じて、アリアを、そして、マグナレーナを見たフランツ。マグナレーナは笑いながら言った。
「馬鹿ね。エレノアがそんなに若いわけないじゃないの。その娘はアリアちゃん。エレノアと……あなたの娘よ!」
「え……?」
フランツは、腕の中にいるアリアをもう一度見た。顔を真っ赤にしている彼女は、エレノアにそっくりだが、確かにあれから20数年経っているにしては若い。
「本当に、僕の娘なのかい?」
「そうよ。色々考えてね……あなたには、今まで黙ってたのよ」
ごめんね、と謝るマグナレーナ。一方のフランツは、いきなりそんなことを言われてもと、呆けるばかりだった。そして……
「あのね、パパ。嬉しいんだけど……そろそろ放してもらえると。ちょっと、匂うかな?」
「へっ?匂うって……」
「加齢臭ってやつかな?」
「か、加齢臭!?」
初対面の実の娘から、いきなりクリティカルヒットなダメージを心に受けて、フランツは落ち込んだ。
「まあ、話しは後にして、先に風呂に入るのを勧めるわ。折角会えた娘に嫌われたくないでしょ?」
思いっきりゲラゲラ笑うマグナレーナに反論できずに、フランツは肩を落としつつ、頷くのだった。
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