第173話 女商人は、長話で周囲を苛立たせる
「へぇ……そんなことがあったのねぇ……」
「はい。そうなんですよ!あの時のレオってかっこよかったんですよ!」
勇者に置き去りにされてからのエピソードを、多少の惚気を交えながら楽しそうに話すアリアを見て、マルグレーナは表面上、笑顔を崩していないが、その心の内では穏やかではない。
(まずいわね……。まさか、もうお付き合いしている人がいるだなんて……)
本音としては、今すぐ別れてもらって、ケヴィン王子とのお見合いを進めたいところだが、さすがにそれを強行すれば嫌われるくらいは理解できる。向こうですでに強固な生活基盤もあるというから、駆け落ちされるかもしれない。
だから、さっきからアイシャやハラボーに助けを求める視線を送るが、彼らは動こうとしない。
(わかってるのかしら?このまま、この子がケヴィンと結婚しなければ、自分たちが破滅するということを……)
明日、摂政会議は開かれるのだ。会議メンバー12名のうち、1名は辞職し、残る11名のうち9名までがベルナール王子の即位を支持するだろうというのが、現在の情勢なのだ。もし、これを覆すのであれば、ケヴィンとアリアを結婚させるしか手立てがないはずだ。
だから、表面ではアリアの話に相槌を打っているが、動こうとしない姪たちにいら立ちを募らせていた。
一方、王妃がさっきから視線を向けているアイシャとハラボーは、違うことを考えていた。
(アリアさんって……お話、長いんですね……。ハラボーさん、どうしましょう。介入して止めましょうか?)
(いや……さっきから、陛下から「おまえらは黙っていろ」と合図を送られております。アリア殿下のお話を楽しまれているのでしょう。邪魔をすれば、怒りを買うどころでは済まないかもしれませんぞ……)
二人は頃合いを見て、彼女に王太子就任を要請するつもりだったが、その機会が中々来ずに焦っていた。もちろん、王妃の本当の気持ちを誤解したままで。
そんな中をアリアの話は続く。
(ええい、仕方ない……)
手を打つのなら、できるだけ早い方がいい。別れさせて、宥めて、そして、見合いをするのを説得して、それから……。やることは多いが、それらのことを今日中に行わなければならないのだ。マグナレーナは心を鬼にして、話を切り出すことにした。
「アリアちゃん……。あのね、言い辛い事なんだけどね……」
「それでね、レオがね、パパの病気を治す薬を……」
「申し訳ないんだけど、王国のために……えっ?治す薬?」
マグナレーナがアリアの話を中断させて、大事な話をしようとした矢先、耳を疑うような言葉が聞こえた。
「あ……ごめんなさい、ママ。さっきから一方的に話してばかりになってしまったわ。それで、なに?」
王国のためにとか言ったけど、と首を傾げるアリア。だが、マグナレーナはそれどころではなかった。
「えぇ……と、アリアちゃん。ごめんね、今なんて言ったのかしら?病気を治す薬と聞こえた気がしたんだけど……」
たぶん、聞き間違えだろうと思いながらも再確認するマグナレーナ。大陸中の名医と呼ばれる名医を呼び寄せて見てもらったのに、不治の病と診断されているのだ。だから、変な期待は持たないように心に決めて。しかし……
「ん?ああ、治るそうよ。薬は……これね。この壺の塗り薬を耳の穴に塗って、一晩経てば、明日の朝には目覚めるそうよ」
「「「えっ!?」」」
アリアは何でもないようにそう言った。この答えに、マグナレーナでだけではなく、アイシャもハラボーも驚いた。
そこに、レオナルドが補足するように説明した。
「実は、同じような病があちらの大陸にもありまして……ただ、その治療方法は確立されており、左程の難病ではないということです。ですので、この薬も高価なものではなくて……」
「値段なんかどうでもいいわ!本当に、本当に治るのよね?」
「治りますよ」
実際の所、「たぶん」という言葉がつくのだが、それをここで言えばよくない気がして、レオナルドは言い切った。もしもダメなら、逃げればいいと思って。
そんなレオナルドの姿に、ハラボーは感嘆して言葉を吐き出す。
「さすがは、大賢者様の御子息ですな。まさか、陛下の病を治す手段をご存じだとは……御見それいたしました」
「えっ!?待って。レオナルドさんは、あのユーグ・アンベール卿の御子息?」
ハラボーの言葉に、透かさずマグナレーナは反応して訊き返すと、ハラボーもアイシャも頷いて肯定した。
(それなら……この二人を別れさせるわけにはいかないわね……)
そんなことをすれば、彼の大賢者を敵に回すことになると思い、マグナレーナはここに居ない甥に心の中で詫びながら、決断した。
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