第172話 王妃様は、娘との対面に涙する

 もうすぐ、この部屋にアリアが来る。


 そう思うと、王妃マグナレーナは落ち着かない。昨夜は緊張して中々眠れず、にもかかわらず、今朝は5時前に起床。しかし、不思議と眠たくはない。


「アリアちゃんの喜びそうなお菓子、準備OKよね?」


「もちろんでございます。王妃陛下」


「わたしの格好もおかしい所はないわよね?怖い継母だと思われたらわたし、立ち直れないからね?」


「だ、大丈夫でございます。王妃陛下」


「あと、それから……」


 さっきから、この調子でお付きの侍女に訊ねて回るマグナレーナ。さすがに、侍女たちもウンザリしていて、早くその時が来て、このような仕事から解放されるのを望んだ。


「陛下。アイシャ王女殿下が帰国の御挨拶に来られました」


 だから、そのとき侍従官が告げた言葉に、ホッと胸を撫で下ろすのも仕方がない話だ。


「そう!ついに来たのね。お通しして頂戴」


「かしこまりました」


 心をウキウキさせて、マグナレーナは開かれた扉の先を見た。しかし、その喜び溢れた表情は次第に曇りを見せていく。


「ど……どうして?どうして、アリアちゃんはいないのよ!」


 そう言いながら、大人げなくアイシャに迫っては問い詰めるマグナレーナ。アイシャの両肩を掴んで激しく揺さぶる。


「ちょ、ちょっと、お待ちください。説明を……説明をしますか……」


 予想外に取り乱す伯母の姿に、アイシャは驚いてそのように言うが、聞く耳を持ってくれない。


「失敗したのね!本当にこのヘボ娘は!!……こんなことなら、私が行けばよかったんだわ!!」


(いや、夫が死にかけているのに、1か月も不在にするのなんてありえないでしょう……)


 体を上下に揺さぶられて、最早何も話すことができない状況となったアイシャは、心の中で呆れながらそう思った。


「お待ちください、王妃陛下。アリア王女殿下は今からお連れしますので、今しばらく……」


 見かねたハラボーがマグナレーナにそう言った。ようやく、アイシャへの揺さぶりは止まる。


「どこ?もしかして、その扉の向こうに隠れているのかしら?」


 そう言ってマグナレーナは、ハラボーに問いかける。しかし、彼は応対することなく、ただ、レオナルドに合図を送った。その瞬間、彼の姿はこの部屋から消えた。


「えっ!?」


 マグナレーナは、驚きのあまりに声を漏らして、消えた吟遊詩人のいた場所を凝視した。


「い、今……そこに吟遊詩人がいたわよね?」


 唖然としながら思わず言葉を零したマグナレーナ。ハラボーは頷いて肯定し、「しばらくお待ちを」という。そうしていると……。


「ちょ、ちょっと、レオ!わたし、まだ普段着なのよ。もうちょっと待ってよ!!」


「でも、このままじゃ、アイシャちゃんが大変だから……」


「そうは言っても、最初が肝心なのよ!もし、嫌われでもしたら……」


 そうやって言い争っている男女が目の前に現れた。


「えっ!?」


 マグナレーナは意味が分からずに、二人を見る。一人は先程の吟遊詩人。そして、もう一人は……。


「も、もしかして、アリアちゃん?」


 その姿は、王女とは思えないみすぼらしい平民の格好であるが、顔立ちは写真で見たままだった。


「あ……」


 一方のアリアは、その一言でここがオランジバークの商会ではないことに気づく。合わせて、目の前にいるドレス姿の女性が、義母である王妃マグナレーナであることも何となくわかった。


「こ、これは……失礼しました、王妃陛下。このような格好で誠に申し訳なく……」


 赤面しながら、慌てて頭を下げるアリア。御世辞にも、王侯貴族の礼に適ったものではないが……マグナレーナは気にすることなく、その手を取った。


「ようこそ、ハルシオンへ。わたしがあなたのもう一人のママ、マグナレーナよ」


 マグナレーナは、涙を浮かべて微笑んだ。その姿に、アリアは胸が温かくなる。


(この方が、もう一人のママ……)


 アリアは、マグナレーナの言葉を心の中で反芻した。少女時代に読んだ小説では、この手の義母は往々として妾の子をいじめるものである。酷い場合は、召使い同様に扱うことも。


 しかし、この義母は違うとアリアはわかった。もちろん、そのことは何となく手紙でも伝わっていたが、頬を伝う涙を見て、この方は自分に会えたことを喜んでいるというのが伝わってきた。そう思うと、自然に自分の目からも涙がこぼれた。


「アリアちゃん?」


 どうしたのかと訊ねるマグナレーナに、アリアは微笑んで答えた。


「お会いできてうれしいです……ママ!」

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