第171話 王女様は、絶望の中で吹っ切れる

「それじゃあ、王妃様のお部屋に着いてからアリアさんを呼びに行くのですね?」


「そのつもりだ。どうやら、アイシャちゃんの行動は連中に監視されているらしい。うかつにここから一緒に馬車に乗って、宮殿を歩いていたらきっと気づかれるだろう」


 一夜明けて、予定通りの時刻に屋敷に転移してきたレオナルドから、そのように説明を受けてアイシャは頷いた。


「……ちなみに、その……ド派手な格好は何故?」


 アイシャが少し引き気味にレオナルドに訊ねると、彼は言った。


「いやあ、吟遊詩人ですよ。宮殿の中を歩くのに、従者の姿は不都合があると思って」


 アリアのコーディネートですよ、とうれしそうに言うレオナルド。アイシャはため息をついた。


(前の晩餐会の時に用意していたドレスのセンスの無さといい、アリアさんって……)


 金ピカの上下に真っ赤なマント、ド派手な羽帽子……。その姿は、吟遊詩人というよりは遊び人か旅芸人だろうとアイシャは思う。それに、吟遊詩人ならせめて楽器を持って欲しいものだ。


「吟遊詩人を名乗るのなら、もっと大人しい格好をしてくださいよ!そんな姿じゃ、従者の姿以前に、わたしが恥ずかしいです!!」


 そう言って、渋るレオナルドをメイドに預けて着替えに向かわせた。「えー!気に入ってるのに」という声が聞こえた気がするが、もちろん無視だ。


「王女殿下……」


「あっ!ハラボー伯爵。それで、いかがでしたか?」


 レオナルドが去ったタイミングで現れた伯爵に、アイシャは声を掛けた。しかし、表情は芳しくない。


「殿下の予想通りでした。中立だった連中もそうですが、これまでケヴィン王子を支持していた連中までも、その多くがベルナール王子側に今や誼を求めているようです」


 もちろん、未だに頑固にケヴィン王子を支持する姿勢を崩していない貴族もいるが、寝返った数に比べてはあまりに少なく、ほぼ勝負は決した感があるとハラボーは答えた。


「さらに、明後日の昼過ぎに、摂政会議が開かれるそうです。王妃陛下ももちろん議長として出席されますが、フィネル伯爵は辞職したため1名欠員、そして、これまで味方だった重臣たちもすでに寝返った様子。そこで、次期国王の話を切り出されれば……」


「いくら、王妃陛下が味方してくれても、ベルナール王子擁立で押し切られるわね……」


 そうならないためにも、アリア王女の存在を明らかにして、そのような議論すら必要ないという形に持っていかなければならないだろう。


「ただ、その場合はやはりアリアさんに王太子になってもらうしかないか……」


 初めはアリアの存在を明かして、ベルナール派を牽制した上で、彼女の支持を取り付けて兄を王太子にするという計画であったが、ここまで追い詰められてしまっては、もはやその手段は使えない。


(しかも、本人が嫌がってるのよね……)


 まさか、わずか1か月不在にしていただけで、こんなに情勢が悪くなると思っていなかったアイシャは、予想外の展開に頭を悩ませる。しかし、こうなってしまっては、彼女を説得するしか自分たちが生き残る道がないことは明らかだ。説得する手段を考えなければならない。


「とにかく、まず王妃陛下に会っていただき、それから説得するしかなさそうね……」


 その場合は、王妃の力を借りる必要があるだろう。それでも、すんなり頷くとは思えず、アイシャの胃は心なし痛む。


「お待たせしました。いやあ、吟遊詩人ってこんな格好なんですね。見たことがなかったから……」


 ハラボーと深刻な話をしている所に再び現れたレオナルドは、ただ一人呑気そうにそう言った。見たこともなかったのにどうしてあの姿が吟遊詩人の姿だと思ったのか、アイシャは懇々と聞いてみたかったが、そう思うとおかしくて吹き出してしまった。


「アイシャちゃん?」


 不思議そうに見るレオナルド。しかし、アイシャの笑いは止まらない。


「あーもうダメ!可笑しい!!我慢できない!!」


 あのようなセンスの無い衣装を選んだアリアも、疑うことなくそれを身に纏ったレオナルドも、そして、何もかも上手く行かないと嘆く自分自身も……それらの全てが可笑しく感じて、アイシャは大笑いした。


「王女殿下……」


「ああ、わかってるわ。大丈夫。絶望して気が狂ったわけじゃないから!」


「はぁ……」


 ハラボーは、半ば呆れるような顔をして、アイシャが笑い終わるのを待った。


「ハラボー伯爵。もし、上手く行かなかったら、みんなでアリアさんの所に逃げましょう。レオナルドさんの転移魔法を使えば、連中だって追って来れないし」


 笑い終えて、アイシャはそのように言った。王族の身分なんかなくても、目の前にはこのように思うがままに生きている人がいるのだ。そう思うと、この後に控える王妃との面談も、どうとでもなれと思えるようになるアイシャだった。

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