第160話 女商人は、選挙の結果を見届ける

「それで、本当は何が言いたかったの?」


 アイシャたちとの話し合いが終わり、オランジバークに転移したアリアは、開票作業が行われている町庁舎に向かう途中で、レオナルドに訊ねた。


「いや……アリアの親父さんの病気なんだが、ヤンの野郎の村で、同じような話があったと聞いたなと思ってさ。ただ……」


「ただ?」


「確か、左右の耳の穴に塗り薬を塗って、一晩寝かしておいたら、次の日の朝には目が覚めたと……」


 その言葉に、アリアの足がピタリと止まった。そして、振り返りざま、レオナルドに激しく詰め寄った。


「どういうこと!?それって治るってことなの?」


「いや……だから、あくまで聞いた話だから……」


「聞いてきて!お願い!本当はパパを……助けてあげたいの……」


 会ったことはない父親だけど、情が全くないわけではないし、可能ならば言葉も交わしたいし、ギュッと抱きしめてもらいたいとも思っている。さっきまで諦めていた、それらの全てを諦めずに済むというのなら……。


「わ、わかったよ。町庁舎に送り届けたら、ヤンの野郎を叩き起こして訊いてくるよ」


 アリアの切実な顔を見て、レオナルドはそう告げた。そして、町庁舎に着くなり、転移して姿を消した。


「あれ?レオナルドさんは一緒じゃなかったんですか?」


 開票作業が行われている部屋に入ったところで、アンジェラに言われてアリアは答える。「少し用を頼んだから」と。


 そして、前方の壁に掛けられている黒板を見る。そこには、各候補が獲得した票の数が書かれていた。


「それで、今どうなっているのかしら?」


「現在、45の投票箱のうち、36の開票が終わり、マリアーノ将軍が優勢と言ったところですね。ただ、ボンさんも頑張っていて、徐々にですが追い上げていると言ったところです」


「へぇ、そうなんだ」


 それは予想外の事だった。アリアの中でも、マリアーノが圧勝すると見ていたからだ。


(もしかしたら、ボンが新町長になったりして……)


 それはそれで、どのような町になるのかと、アリアは思う。本人は、エロティック満開な開放的な町をつくりたいと、レオナルドを介して耳にしているが……


(イザベラさんの目の黒いうちは、認められるわけがないわね……)


 アリアは正しくそのことを理解した。


 それから、町長室へとアリアは戻った。私物はすでに片付けたつもりではいるが、念のために確認しておこうと思って。そうしていると、部屋のドアが開いた。


「ただいま」


「あっ!おかえり。それでどうだった?」


 アリアは、帰ってきたレオナルドの元へ駆け寄った。すると、レオナルドはニッコリ笑って言った。


「やっぱり、アリアの親父さんの病気って、治る病のようだよ。ヤンに言って、十分な量の薬を貰って来たから、試してみるといいよ」


 そう言って、レオナルドは塗り薬が入った壺をアリアに手渡した。


「ありがとう。パパが目覚めたら、紹介しないとね。わたしの婚約者よって!」


 満開の笑顔でアリアに言われて、レオナルドは満更ではなかった。だが、ふと気がついた。


「なあ、そういえば、アリアって王女様なんだよな?大丈夫かな。ほら、俺平民だし……」


 レオナルドは心配した。何せ、身分があまりにも違うのだ。ゆえに、結婚するなんて報告したら許されないのではないかと。すると、アリアはクスクスと笑った。


「なにが可笑しいんだ?」


「だって、そのときはお得意の転移魔法で、わたしを攫えばいいじゃない。なのに、何を悩んでるのかってね」


 そういえばそうだったなと、レオナルドは思い出す。確かにできない話ではないが……。


「でもいいのか?そんなことになったら、お父さんとは……」


「馬鹿ね。元々いないと思っていたのよ?もし、パパがそんな分からず屋だったら、またいないと思えばいい。……それだけ話よ」


 アリアはさばさばと、そう答えた。


「あっ!アリアさん。こんな所で密会してたんだ。ダメですよ?ここ使うの最後だからって盛ってちゃ!」


 揶揄うように言うアンジェラに、アリアは言う。「そんなことするわけないでしょ!」と。すると、アンジェラは笑って言う。冗談ですよと。


 そんな彼女に、アリアはため息をついて訊ねる。それで、何の用かと。その言葉に、アンジェラが憤ったように声を上げた。


「何の用かって、そりゃ選挙の事ですよ!残りひと箱になったら呼びに来いって言ってたじゃないですか!!」


「あ……そういえば、そうだったわね」


 アリアは、レオナルドを連れて選挙会場に向かう。会場では、最後の一箱の開票作業が進められていた。


「それで、状況はどうなってるんだ?」


「現在、マリアーノさんの方が優勢ですが、その差は208票となっています。今、開票している箱には、528票が入っていますので、まだ勝利が確定したわけではありません」


 レオナルドの質問に対して、アンジェラはそう答えた。ゆえに、アリアは静かに結果を待つことにした。どちらが選ばれても、アリアにとって不利益になることはないのだから。


「終わりました!」


 係員の声が室内に響き渡り、結果を黒板に書きこんでいく。


『マリアーノ/157票 ボン/371票』


 この箱ではボンが214票多く獲得した。これに、先程までマリアーノがリードしていた208票を引くと……。


「……わずか6票差だけど、ボンの勝利のようね」


 アリアは、村長として選挙の結果を宣言した。

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