第158話 女商人は、国元の事情を知る

「えぇと、まだ頭の中は混乱しているけど、わたしが本物の王女様だってことは理解したわ」


 総督府の職員によって案内された客室で、ゆったりをソファーに腰を掛けたアリアは、おもむろにそう告げた。以前のやり取りを思い出して、「あれって、冗談じゃなかったんですね」と言いながら。


「お印の短剣はお持ちですよね?鞘の個所に王家の薔薇の紋章が刻印されていたかと思いますが……」


「これのことかしら?」


 ハラボーの言葉に、アリアは魔法カバンから1本の短剣を取り出す。


「まさしく、それですな。ご生誕の際に、陛下より賜りしものに間違いございません」


 アリアから短剣を受け取り、鞘に刻印されている紋章を確認したハラボーはそう言った。


 一方、ルクレティアを旅立つときに、母から絶対無くすな、売るなんて以ての外だからね、と強く念を押されたことを思い出しながら、こんな面倒な話になるのであれば、さっさと手放しておけばよかったと、アリアは少し思った。


「それで、わたしは王女様になったわけだけど、だからどうしろと?」


 この後は、オランジバークに行って選挙の開票を見届けなければならないのだ。そんなに時間はないからね、と告げるアリアに、ハラボーは苦笑いを浮かべながら、国元の情勢を説明する。


 まず、国王であるアリアの父、フランツ2世が難病であるアラリコ・ポルセル病にかかっているという。この病は、人を夢の世界に閉じ込める病気で、前触れもなくある日突然、目が覚めなくなるという。


「御父君が眠られてからすでに1年近くが経とうとしています。ご壮健だったお体は見る影もなくやせ衰えておられまして……このままでは、長くはもたないというのが……」


「そう……」


 アリアは、特に何の感慨もなく、淡泊に答えた。もちろん、父親がそのような病気になっていることには驚いたし、可哀そうな気持ちはあるが、そんなことを突然聞かされても実感がわかないというのが正直なところだった。


 もちろん、そのようなことはハラボーもアイシャも察していて、非難したりはしない。一先ず、この件は後回しにして、ハラボーは続けて次期王位をめぐる争いについて説明した。


「つまり、現状はベルナール王弟派が有利なわけね。王妃様やあなたたちがケヴィン王子を押しているけど……」


「はい。ただ、ベルナール王子が即位されれば、ハルシオン国内に血の雨が降ります。わたしも、兄も、ハラボー伯爵も……皆、殺されることになるでしょう」


 アイシャがハラボーの説明に捕捉して話すが、「それは酷いわね」とアリアは他人事のように言った。「もしそんなことになったら、こっちに逃げてきなさい」と付け加えて。


 すると、アイシャはクスクスと笑い出した。


「な、なにがおかしいの?」


「だって、何を他人事のように言っているのかなと思って。そんなことになったら、ベルナールの粛清リストの筆頭にアリアさんの名前がエントリーされるというのに……」


「え゛!?」


 思いがけない言葉に、アリアは驚いた。


「どうして、わたしが粛清されるのよ!しかも、筆頭だなんて……。わたしは、見ての通りただのしがない商人よ。王位争いなんて、関係ないじゃない!!」


「関係ない?そんなわけないでしょ。アリアさんは国王陛下の唯一無二の実子なのよ。ベルナールからすれば、自身の即位の正統性を揺るがす存在なのに、見逃してくれると本気で思ってる?」


 たぶん、戦争になっても殺しに来るわね、と告げるアイシャ。その言葉に、アリアは青ざめる。どうしようと。


「ゆえに、殿下には速やかに帰国の上、後継者としての地位を確固たるものにして頂きたいのです。いろいろご事情があろうかとは思いますが、あまり猶予はありませんぞ」


 間髪入れずに、ハラボーはそう進言した。それがあなたの生き残る道だと言わんばかりに。


(でも、アリアさんは引き受けたりしないわ)


 アイシャは、その横で冷ややかに様子を見守る。


「で、でも、わたしには、やらなければならないことが……」


「それは、勇者への復讐のことですかな?それならば、国王にご即位された後、全世界に指名手配を掛けて、御前に引きづり出してから、思う存分果たされればよろしいではないですか?」


「それじゃ、わたしの気が済まないのよ!この手で……必ず、この手で復讐を遂げると、あの日、海に誓ったんだから!!」


 一国の命運よりも、自分の命よりも、そんなアホみたいな復讐の方が大事なのかと、ハラボーは呆れる。だが、諦めずに説得を続ける。しかし、アリアも折れたりしない。アイシャの予想通り、話はいつまで経っても平行線のままだった。


(さて、そろそろいいかしらね……)


 両者の攻防が始まってからすでに20分ほど経過していた。双方に疲れが見える中、アイシャは満を持して、前回アリアと会ってから練っていた策を発動させた。

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