第157話 女商人は、独立をシレっと勝ち取る
「……なあ。今、アイシャ王女殿下は……」
「ああ、『王女殿下』と言われたな。あの娘に向かって……」
「え?それまずくないか?俺たち、さっきまで罵声を……」
「どうしよう……。やっぱり、不敬罪だよな。このままだと、縛り首に……」
アイシャが「アリアはハルシオンの王女である」と宣言したことによって、ホールでは先程までと全く異なるざわめきが発生した。落ちた犬を叩くように気勢をあげていた人々は、一斉に青ざめてオロオロと周りの者たちと何やら囁き合っている。
何せ、知らなかったとはいえ、大国の王女殿下を犯罪者呼ばわりしたのだ。それは、決して許される話ではない。
「アリア王女殿下」
そのとき、総督であるコペルティーニ公爵がアリアの元へ歩み寄ってきた。まだ駆け出しの商人であるアリアが会うにはハードルの高い人物だけに、アリアは慌てる。こういったときはどう挨拶をすればいいのかと必死で思い出そうとしながら。
しかし、コペルティーニ公爵は、アリアの前に立つと膝をつき、頭を下げた。
「王女殿下。この度の不祥事、誠に申し訳ありませんでした。総督府としては、北部同盟の決定に異論はございませんゆえ、何卒、ご寛恕のほどを……」
それはつまり、ディーノを匿った件については罪に問わないと、総督自ら宣言したのだ。アリアはホッと胸を撫で下ろして、それならば、と北部同盟の元首として返答する。
「わかりましたわ、総督閣下。謝罪を受け取りましたので、先程申し上げた禁輸の件は、取り下げることにします。今後とも、我が国と末永い友好をお願い申し上げます」
先程までの慌てていた様子が嘘のように、アリアは毅然と対応した。その姿を見て、アイシャは改めて再確認する。この方はやはり只者ではないと。
(しかも、シレっと北部同盟を国家として認めさすとは……)
これまでは、先住部族の支配領域はともかく、オランジバークについてはオルセイヤ王国の植民地であり、このポトス総督府の支配下に置かれていたのだ。彼女の言いようは、オランジバークはポトスから独立していると明言したに等しい事だった。
もちろん、そのことはコペルティーニ公爵も気づいているだろう。だが、この場合、他に返しようもないのも事実である。何せ、アリアの機嫌を損なえば、場合によってはオルセイヤ王国自体が危うくなるかもしれないのだ。それならば、町の一つくらいはと思ったのだろう。
(まあ、何はともあれ、これで第1段階はクリアーしたわけで、あとは……)
どうやってハルシオン王国に連れて帰るかだ。きっと、ごねるだろうな……とアイシャは思った。
一方、衛兵たちによって取り押さえられていたカッシーニは、目の前で起こった出来事に唖然として言葉を失っていた。
(どういうことだ?なぜ、あの小娘が……。王女殿下?しかも、ハルシオン王国だと!?なんで、そんな雲の上の大国の姫様がこんな片田舎で商売なんかやってる?)
全くもって、意味が分からないと心の中で叫んだ。もちろん、だからといって、自分の置かれた状況が変わるわけではない。現に自分は縄で縛られ、余計なことを言わないようにと、猿轡までされているのだ。
(おい!おまえら、なぜ何も言わない!!家族や友人を不条理に殺された怒りはどこにいった!!)
それでもなお、諦めきれずにカッシーニは周りを見る。誰かが声を上げてくれれば、例え王女が相手であろうと、何かが変わるかもしれないと、わずかな希望にすがる思いで。
しかし、そんなカッシーニを擁護する者など、もうどこにもいなかった。さっきまで一緒にアリアに罵声を浴びせていた者たちは、もう周りには誰もいない。
「ささ、積もるお話もおありでしょうから、この後は別室で……」
コペルティーニ公爵が恭しく語り掛けたのが聞こえた。
(待て!まだ話は終わってない!!まだまだおまえの罪を……)
カッシーニは立ち去ろうとするアリアになおも言いつのろうと、言葉を発しようとするが、猿轡が邪魔をして言葉にすることができなかった。そうしているうちに、彼女はアイシャやハラボー、そして、レオナルドと共にホールを去っていった。
(はは……終わった……)
立ち去った入口の扉がゆっくりと閉ざされていく。その様子をただ見つめながら、カッシーニは自らの運命も閉ざされたことを理解した。
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