第156話 女商人は、自分が王女であると知る
場内が総督であるコペルティーニ公爵の一喝により、場内が静まりつつある中、カッシーニは気持ちを引き締める。ここからが勝負だと考えて。
しかし、事は彼の思い通りにはいかなかった。カッシーニがアリアを弾劾する言葉を発しようとしたその瞬間、背後から何者かに押さえつけられた。振り返れば、それは総督府の衛兵たちだった。
「閣下!これは一体!!」
目の前に立つコペルティーニ公爵に、信じられないような顔で抗議の声を上げるカッシーニ。しかし、コペルティーニ公爵は冷たく言い放った。「貴様、何をしでかしたのかわかっておるのか」と。
その言葉に、カッシーニは思い当たる。北部同盟から輸入が止まった場合、小麦が不足することを総督は恐れているのだと。
「閣下!例え小麦が一時的に不足するとしても、我らには譲れぬ正義があるのではないでしょうか。北部同盟の脅しなど恐れず、ポトスに仇なすそこの罪人を直ちに捕縛を……」
「たわけ!誰が罪人だ。この無礼者が!!」
「は?」
「……しばらく、あっちを見ていろ。直に、余が今申したことの意味がわかるであろう」
何を言っているのか意味が分からず、呆気に取られているカッシーニに、コペルティーニ公爵はアリアのいる場所を指差した。そこには、特使として来賓されたアイシャ王女がアリアの前に立っていた。
「えぇ……と、どうしてアイシャちゃんがここに?」
隣にハラボーがいるので、もしかしたらお父さんに連れてこられたのかもしれないが、そもそも、一介の技術者に過ぎないハラボーがどうしてここに居るのかという点についても疑問に抱く。
すると、アイシャはクスクス笑う。「やっぱり、わたしの挨拶、聞いていらっしゃらなかったのね」と前置きしたうえで……
「改めてご挨拶します。わたしは、ハルシオン国王フランツ2世陛下の姪、アイシャ・ハルシオンと申します。先日は偽りの名を騙り、申し訳ありませんでした」
そう正しく名乗った。しかし、アリアは理解が追い付かない。
(ええと?国王の姪?すると、ハラボー先生は王弟殿下?え?何でそんな人がわたしの家庭教師に?う~ん、やっぱり、ハラボー先生は王弟殿下じゃないわね。だってそんなにお腹出てないもん。王様の弟なら絶対美味しい物たくさん食べてるはずだし。でも、アイシャちゃんは国王の姪……?)
「アリア?」
固まったまま動かなくなった彼女を心配して、言葉を優しく掛けるレオナルド。すると、アリアは息を吹き返したかのように叫んだ。
「えぇー!!!!アイシャちゃんは、王女様だったの!?」
「はい。そうですよ」
その様子がとても滑稽で、アイシャは噴き出しそうになる。見ていてホント飽きない人だなと思った。
「でも、何で王女様がこんな片田舎に?……あぁー!!あなたも勇者に騙されたの!?結婚してあげるとか何とか言われて……」
「……あなたと一緒にしないでください。そもそも、普通どうやったら騙されてこんな場所まで連れてこられます?どうして、付き合ってたった2週間でそこまでのめり込みますかね?」
先日聞いた話を思い出しながら、アイシャはアリアに呆れたように言った。何でも、「ずっと君が作ったスープを飲みたいから、一緒に来てくれるか?」と言われて舞い上がったらしい。
「う……それを言われると、返す言葉がないわ」
もちろん、それはアリアにとって黒歴史であり、今となっては勇者に復讐を果たすための原動力の一つとなっている。
そんな二人のやり取りを見て、ハラボーはコホンと咳払いをした。その合図に、アイシャは本来の使命を果たすべく動き出す。
「あの……アリアさん。先程、言われましたよね?『王女でありながら、どうしてこんな片田舎に来たのか』と」
「ええ……」
「実はですね、それはあなたに会って、我が国の王妃陛下のお言葉をお伝えするためです」
「王妃陛下?」
(どうして、そんな偉い人が自分なんかに?)
そうアリアは思っていると、アイシャは重箱を開けて中から書簡を取り出した。そして、内容を読み上げる。
「アリアちゃん、はじめまして。一応、義母になるのかしら?王妃をやってますマグナレーテよ。実はね、あなたのパパ……国王陛下の具合がかなり悪いの。申し訳ないけど、すぐに来てもらえないかしら?娘に会えないまま旅立たせては可哀想だからお願いね。……以上です」
厳かな箱に入っていた割には、なんとお茶らけた手紙なんだろうと、アリアは呆れた。しかし、アイシャから手渡された書面の末尾には、王妃のものであることを示す印章が押されていた。さすがに、この多くの人が見つめる中で、偽物ということはないだろう。
(ん?そういえば、今不穏な単語がなかった?娘だの……)
そう思いながら、再度中身を確認してみる。アイシャの言葉通りの書面の中にははっきりと『娘』という文字があった。
(話を整理するわ。パパというのが国王で、娘というのがわたし。国王の娘というのは通常は……)
「あの……もしかして、わたしって……」
間違っていたら恥ずかしいなと思いながら、アリアは訊ねてみる。
「ひょっとして、本当に王女様だったりします?」
その言葉を待っていたかのように、アイシャは満面の笑みを湛えて……
「はい、そうですよ。あなたは紛れもなく、我がハルシオン王国の王女殿下であらせられます!」
……と周囲に聞こえるように、大音量で告げたのだった。
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