第155話 女商人は、内政干渉だと不敵に笑う
まずいことになった。
向けられる非難の視線、ホールのあちこちから聞こえる罵声。それらに直面して、アリアはそう思った。
「アリア……」
それはレオナルドにも伝わったようで、心配そうに小声で囁いた。アリアは、向けられる非難の視線から目を逸らさず、そのままの体勢で同じく小声で返す。
「大丈夫よ、レオ。ただ、万一の時は逃げるから、側から離れないで」
「わかった」
アリアの言葉の通りに、いつでも【転移魔法】で逃げれるようにと、レオナルドは一歩、二歩と彼女に近づき、周囲を警戒する。そんな彼の行動に、アリアは少しホッとした気持ちになるが、問題が解決したわけではない。どう切り抜けるのか、考える。
まず、カッシーニが言っている犯人隠避は、決して重罪となる犯罪ではない。多額の罰金を払えば片付く話だろう。ただ、このポトスで商売をこれから続けるのであれば、話は異なる。
(信用はガタ落ち。もう、このポトスでは商売はできないわね……)
カッシーニの目的はおそらくこれだろうと、アリアは正しく理解した。それならば、ここから転移魔法で逃げたとしても、問題の解決にはならない。
次に、誤魔化すことができるかについて考える。ディーノと盗賊たちを直ちに始末して、カッシーニのいうような匿った事実ごと葬り去るという手もあるが……。
(そんな真似は死んでもしたくないわね。それじゃ、あの糞勇者と何ら変わらないじゃない……)
アリアは、その手段をとることを否定した。つまり、誤魔化すことはできないと結論付ける。
(だとしたら……)
ポトスでの商売を放棄する。
「おい、どうした!今更ながら、自分の仕出かしたことが怖ろしくなったのか?」
カッシーニが挑発するように言ってきた。アリアは、深く息を吸って吐き出した。そして、カッシーニを睨みつける。ここからは強気で行くと心に決めて。
「カッシーニさん。あなた、誰に今何を言っているのか、理解していますか?」
「え?」
まさか強気に出られるとは思っていなかったカッシーニは、アリアの言葉に驚いた。ここは、泣いて皆に許しを請う場面ではなかったのかと。
だが、そんなカッシーニの思惑など無視して、アリアは強気のまま話を続ける。
「わたしは、北部同盟の元首として、総督閣下のお招きにより参上しております。まず、その点をはっきり申し上げます。その上で、先程の盗賊、ディーノさんたちを受け入れたことについてですが、『それが何か問題でも?』と申し上げましょう」
「『何か問題でも?』だと!ふざけんな!」
「そうだ!そんなことを抜かすのなら、てめえのとこの商品なんて今後買わないぞ!!」
「衛兵は何をしてるんだ!!この裏切者をさっさと捕まえろ!!」
アリアの言葉に反応して、場内のあちらこちらから非難の声が上がる。その一方で、カッシーニの額から汗が流れる。只ならぬ雰囲気をアリアから感じてだ。
「今、当商会から今後品を一切買わないと言われた方は、どこのどなたかしら?」
おもむろに、アリアがそう言うと、場内は急に静まり返った。もちろん、名乗り出るような勇気のある者はいない。すると、アリアはクスクス笑いながら、全員に聞こえるようにはっきり告げた。
「御心配には及びませんわ。今回の一件は、我が国に対する重大な内政干渉と判断しました。ですので、今後、北部同盟は政府の方針として、一切このポトスに物を売ることはありません。そう、小麦の1粒たりとも……」
その一言に、人々はざわついた。ある者は強気に問題ないだろうと言い放つ一方で、ポトスに流通している小麦に代表される穀物の多くが、北部同盟に属する部族民からの輸入に頼っていることを知る者からは、不安の声が上がる。
(どうしよう……)
目の前の有様を見て、コペルティーニ公爵は青ざめる。自身の就任を祝う会でこの仕打ちは、いくら何でもあんまりじゃないかと、現実逃避気味に思うが、当然、何の解決にはならない。すると、そこにハラボー伯爵がそっと近づき、耳打ちをした。
「言っておきますが、アリア王女殿下が貴国との交易を遮断するというのなら、我がハルシオン王国としても、追従いたしますからそのおつもりで……」
「!!」
コペルティーニ公爵は驚いて振り向くと、伯爵の顔は怒りに満ちていた。しかも言っていることは、このポトスだけでなく、オルセイヤ王国全土に対しての貿易差し止めだ。そんなことになれば、自分の首ひとつで責任をとれるような話ではなくなってしまう。
最早猶予がないと感じて、コペルティーニ公爵は場内すべての者に聞こえるように叫んだ。「静まれ」と。
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