第132話 女商人は、商売のネタを掴む
集落から東へ5分ほど歩いたところに幅30m程度の川が流れていた。そして、その河原を見れば、大小様々な紅色をした石が転がっている。
だが、思ったよりかは量が少ない。先程の窯の傍にあった量で言えば、あと10回も拾えば、なくなってしまう程度だ。
レオナルドがそう思っていると、爺さんが言った。「もうすぐ雨季だから、また元に戻るよ」と。
その言葉に、アリアは反応した。
「雨季の後、この河原に炎石が流れてくる、そういうことなのですか?」
「ああ。どういう理屈かは知らんが、昔からそうなっているな。だから、今はこの程度しか残ってなくても、ちっとも焦っちゃおらんよ」
そう言いながら、爺さんは煙草をふかした。一方、アリアはというと、地図を広げて何やら考え込んでいた。
(この川の上流にあるもの……すなわち、山。ただ、3つの山から流れ出た川が合流しているから、一体どれが正解なのか)
「お爺さん。炎石はこの上流の河原にもあるんですか?」
「あるぞ。ただ、ここから1キロ先からは分岐していて、炎石があるのは、向かって右側の川の河原だな」
その言葉を元に、アリアは地図を指でなぞる。右側の川はひとつの山から流れ出ている。これで目標を絞ることができた。
「ありがとうございます。おかげで助かりました。後日お礼をしたいので、お名前を教えていただけませんか?」
「えっ?いや、大したことをしたつもりじゃないから、別にいいぞ」
思わぬ言葉だったのだろう。爺さんは戸惑い、謝絶の意志を伝えた。しかし、アリアは折れなかった。
「そんなことを仰らずに。わたしは、オランジバークのアリア・ハンベルクといいます。それと、後日になりますが、お爺さんたちの作品をまた改めて見せて頂きたいのですけど、構いませんか?」
「ワシらの作品を?」
「ええ、是非」
そこまで言われては、爺さんも悪い気がしなかったらしい。「ジェフだ」と名乗った。
「それでは、また必ず来ますので、そのときはよろしくお願いしますね」
「ああ、待ってるよ。お嬢ちゃんたちも気をつけてな」
ジェフはそのまま村に戻っていき、アリアたちと別れた。
「なあ、アリア。一体、何を見つけたんだ?」
さっきから話についていけなかったレオナルドが訊ねてきた。すると、アリアは突然抱き着いた。
「ど、とうしたんだ?」
「すごいわ!!レオの言ったとおりね。ありがとう!!」
何のことか全くわからないレオナルドの唇に、アリアはキスをして喜びを表現した。久しぶりで気持ちよかったが、取り合えず事情を知ろうと、レオナルドは名残惜しい気持ちを押さえて引き離す。そして、もう一度訊ねる。一体何が起きているのかと。
「レオは、炎石って知ってる?」
「えぇと、さっき言ってたやつだな。確か……鍛冶師が鉄を溶かす時に使っていると聞いたような……」
「そうよ。鍛冶師が強い武器を作るときに、高熱が必要になるのよ。そのときに、あの炎石が使われるの。本土だったら、小指の先程度の石が、1個当たり100Gで取引されているわ」
「ひゃ、ひゃく!?」
レオナルドは驚き、思わず声を上げてしまった。つまり、あの爺さんは出るところに出れば、金持ちになれるということに気づく。
「もちろん、運送コストがかかるから、本土に持っていけば純粋な利益はそんなに出ないわ。でも、南方のムーラン帝国へ持っていくのなら話は別よ」
かの国では、魔王軍との戦いが激化している。国軍、傭兵、冒険者を問わず、多くの人々が戦場に駆り出されて、日夜戦っているのだ。当然、強力な武器は喉から手が出るほど欲しいだろう。そして、それを作り出すことができるこの炎石も……。
「ムーラン帝国は、ポトスを仲介に立てて本土から炎石を購入していると聞いたわ。そこに、本土よりも安い炎石を持ち込めばどうなるかしら?」
間違いなく、ムーラン帝国は飛びつくだろう。そして、その利益は計り知れないものとなる。レオナルドは、ぞっとした。
「それとね。ジェフさんの作っていた焼物なんだけど、あれ、磁器よ」
「磁器?それって、もしかして滅茶苦茶高価なあの……?」
亡くなった養父が、家宝だと言って磨いていた壺をレオナルドは思い出す。しかし、どうみても先程のジェフの焼物は、そんな貴重そうなものには見えなかったが……。
「もちろん、あのままじゃレオの思っている通り売れないわ。でも、材質は磁器なのよ。……ということは、工夫次第でお金になる。そう言うことなのよ」
つまりは、偶然にも交易品のネタを掴んだことになったということだ。ここにきてようやく、アリアの喜んでいる理由をレオナルドは理解した。
(はぁ、温泉は遠のいたな……)
取り合えず、山に向かおうと言っているアリア。もうこうなったら、止まらない。レオナルドは密かに肩を落とすのだった。
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