第131話 女商人は、馬鹿にされる

「あれ……?火事なのでは……」


 火事だと思って急ぎ駆けつけた場所で、アリアは呆けたように呟いた。そこには、10軒ほどの家が建ち並んでいるが、どの家も燃えているような形跡はない。


 すると、レオナルドは言う。「ここは、陶芸職人が住む村だ」と。


「陶芸?」


 レオナルドの言葉に反応して周りを見るアリア。よく見れば、庭先に焼きあがった器や壺が並べられていた。


「……でも、どうしてレオはそんなこと知ってるの?」


「え゛」


「だって、初めて来たんでしょ?何で知ってるのよ」


「そ、それは……」


 まさか事前に下見に来たとは言えない。だから、一か八か誤魔化した。


「何言ってるんだよ、アリア。そんなの見ればわかるじゃないか。馬鹿だなぁ……」


「馬鹿って何よ!!ちょっと自分が知ってただけなのに偉そうにして!!」


 そう言って、アリアはポカポカとレオナルドを叩いた。


「いたい。わかったってば。もうやめて」


 全然痛くはないのだが、レオナルドは取り合えずそう言っておく。上手く誤魔化せたことに胸を撫で下ろしながら。


「おい……。そこのいちゃついているバカップル。この村に何か用か?」


「「あ……」」


 不意にかけられた言葉に周囲を見渡す二人。いつの間にか、十数人の人間に囲まれていることに気づいた。


「あ……すみません。実は、この近くを通っていたら、煙が上がっていたもので火事かと思って……」


「火事?ああ……煙なら、窯の煙のことだろう。あれを火事に見誤るとは……ククク、そこの彼氏の言うように、あんた、馬鹿だな」


 筋肉がっちりの髭面の爺さんがそう言った。すると、他の連中も一斉に笑った。どうやら、レオナルドの言うように常識のようである。アリアは言い返せず赤面した。


「と、ところで、爺さん。実は俺たち商人なんだ。折角だから、そこにある焼物を見せてもらえないか?」


「焼物をか?それは別にいいが、こういったら何だが、近くにあるアバテ村の住民向けに作っているものだから、売れるほどの物はないと思うが……」


 それでもいいなら、好きにすればいいと爺さんは言った。レオナルドは、アリアの手を引き「行こう」と言った。どうやら、焼物を見るというのはこの場から逃れるための方便のようだ。


 ただ、一応は手に取ってみる。集まっていた連中は関心がないようで、すでに自分の家へ戻っていた。


「どうだ。言った通り、大したことはないだろ?」


 ただ一人だけ、先程話しかけてきた爺さんだけは傍に居て訊ねてきた。どうして、と訊ねると、ここは自分の窯だからと言う。


(……どうしよう。本当に大したことないぞ、これは……)


 レオナルドは、内心冷や汗を流しつつ、どう返事をしようか言葉を考えていた。困った挙句アリアを見ると、不思議なことに彼女は真剣に作品を見ていた。


「どうしたの?アリア。何か気になることでも?」


「お爺さん。窯を見せてもらえませんか?」


「「窯?」」


 レオナルドと爺さんの言葉が重なった。


「まあ……別にいいけど。こっちだ」


 爺さんはそう言ってアリアを窯へと案内した。レオナルドが続いて向かうと、窯の中は激しく燃えているのが見て取れた。


 すると、アリアは窯に慎重に近づき、中の炎を見つめた。


「お爺さん。この火の燃料はなんですか?薪なわけないですよね?」


「ああ、もちろんだ。そこにある炎石を使っている」


 炎石?それは何だろうと思いつつ、レオナルドは爺さんの指の先を見る。そこには、紅色をした石が積み上げられていた。


「こんなにたくさんあるということは……もしかして、近くで採れるのですか?」


「この村の傍に川が流れていただろう。その河原に落ちているんだ。だから、この場所に陶芸の村ができたわけだ。何だったら、案内しようか?」


「お願いします」


 アリアは、目を輝かせてそう答えた。

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