第127話 王女は、王妃より密命を受ける
「アイシャ様、実は……」
昼休み。学院の中庭に呼び出されたアイシャ王女は、友人であり、ハラボー伯爵家の令嬢であるグレースからの告白に驚いた。彼女が兄であるケヴィン王子と付き合うことになったというのだ。
(兄さんもようやく腹を決めたわけね……)
10日前に告白の練習台にさせられたため、アイシャは事情をよく知っていた。無論、グレースに囁いた愛の言葉も、一言一句。
その後、何も起きないから、アイシャは兄の顔を見るなり内心で『ヘタレ』と呼んでいたが、それはどうやら勘違いであったようである。
アイシャは、ようやく振り絞った兄の勇気を素直にたたえた。
「あの……アイシャ様?もしかして、反対なのでしょうか?」
「えっ!?そんなことないわよ、グレース。よかったわね。本当によかった。これからは、『お義姉さま』とお呼びした方がいいかしら?」
まさか告白の言葉まで全て知っているとは言えないアイシャは、冗談めかしくそう言って、クスクスと笑いながら誤魔化した。
「もう……まだ早いわよ!」
そんなアイシャの冗談を真に受けて、グレースは顔を真っ赤にして照れ笑いを浮かべた。
グレースは、アイシャと同じ16歳で、ケヴィンより2歳年下だ。伯爵家の令嬢ではあるが、王妃の実家であるデュパン公爵家の一門であることから、仮に兄が国王になったとしても、公爵の養女となり、王妃となることは可能だろう。
(ただし……もし、国王になれなければ、悲惨なことになるか……)
ベルナール王子が即位すれば、間違いなく自分たちを粛正するだろう。その中にはもちろんこの友人も含まれることになる。幸せいっぱいな笑顔の友人を見て、アイシャはそうならないように、あらん限りの力を尽くそうと心に誓うのだった。
「え?王妃陛下からの呼び出しですって?」
夕方。家に帰ろうと迎えの馬車に乗り込んだアイシャは、いつもならここに居るはずのない執事長より、そう告げられて慌てた。しかも、このまま王宮に向かうという。
「ま、待って。わたし、今、制服なのよ。せめて、家に一度戻って着替えてから……」
「申し訳ありませんが、王妃陛下より『そのままの姿で来るように』ということですので」
(……つまり、秘密の話をしたいから、忍んで来いということね)
これまでも何度か同じようなことがあった。今回もそうなのだろうと、アイシャは理解した。
そうしているうちに、馬車は王宮の裏玄関に到着した。ここは、王宮で働く使用人たちが出入りする通用口でもある。アイシャが馬車から降りると、見覚えのある侍従官が待ち構えていた。
「どうぞ、こちらへ」
何も答えずただ後をついていくと、すぐに王妃の部屋に辿り着いた。
「アイシャ。よく来てくれたわね。実は、あなたに頼みたいことがあって、それで来てもらったわけだけど……」
まだ席に座っていないにもかかわらず矢継ぎ早に話し出す伯母に、アイシャはいつものことながらため息をつく。
「伯母上さま。そんなに慌てて話されなくても、ちゃんと聞きますから」
まずは落ち着きましょうね、とアイシャは言う。すると、マルグレーナは「それもそうね」と言い、アイシャに席を勧めた。
「それで、ご用件は?」
アイシャの立場からすれば、この伯母を蔑ろにするわけにはいかない。例え困った人であってもだ。
何せ、この国の王妃であり、自分たちの最大の擁護者なのだ。ゆえに、こうして半ば強引に呼び出されても、従わざるを得ない。だから、「本当なら今頃、馴染のカフェで期間限定スイーツを食べていたはずなのに」、と内心不満があっても、こうして笑顔で……。
「もう……そんなに怒らなくたっていいじゃない。折角の美人が台無しよ?」
どうやら、誤魔化せてはないようだ。アイシャは己の未熟さを悟り、俯いた。
だが、そんなかわいらしい姪の姿に、マルグレーナはクスクス笑った。そして、1枚の写真を手渡した。
「これは?」
「フランツの娘。アリアちゃんっていうんだけど、生きていたのよ」
喜びながらそう語るマルグレーナ。写真には仲のよさそうな男女の姿が写っているが、左に写っている女性が『アリア王女』であると告げる。
(うそ……。陛下の娘なら、新しい王位継承候補者じゃない!)
しかも、最有力候補だ。アイシャは、足元がガラガラと崩れ落ちるような気がして呆然とした。
「そ、それで、ご用件と言うのは……」
そうは言いながらも、このアリア王女絡みであることは想像がついた。
「実は、アイシャには彼女を迎えに行ってほしいのよ。ポトスっていう西にある異大陸の町にいるから、わたしの代わりにね」
なんでも、本人は王女ということを知らずにこれまで生きてきたため、ハラボー伯爵が「あなたは王女ですよ」と言っても信じなかったらしい。ゆえに、王妃直筆の書面を公の場で彼女に突き付けて、連れて帰るようにということだった。
「伯母上さま……。連れて帰ったらどうするのですか?」
アイシャは、恐る恐る訊ねた。兄を見捨てて、この女を次の国王に推すのか、と。
すると、マグナレーテはニッコリ笑って言った。
「もちろん、わたしの中では、次の国王はあなたのお兄様、ケヴィン一択よ。どう?安心したかしら」
その一言に、アイシャの心は軽くなった。しかし……
「アリアは、ケヴィンの妃にするつもりよ。そうなれば、ケヴィンを確実に国王にすることができるわ。どう?悪い話じゃないでしょ」
マグナレーテの言葉が、アイシャの心を再び重くした。もしも、10日より前にこの話を聞いていれば、手放しで喜んでいただろうが、今は……。
詳しいことは、追って使者を送って伝えるから、旅の準備だけしときなさいと告げる伯母に、アイシャは何も言えずに部屋を後にする。どうしようと思いながら……。
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