第126話 女商人は、ライバル他社と手を結ぶ
「……ということがあったのです」
「はぁ……それは何と言ったらいいのか……」
ブラス商会の会頭室で、朝早いというのに前触れもなく訪れたエラルド・アブラーモという若い商人の言葉に、アリアは困惑した。
彼が言うには、昨夜、このポトスで塩交易に携わる商人たちが一堂に会して、自分を陥れるための会合を持ったという。もっとも、すぐに良いアイデアが出るわけもなく、中傷めいた噂を広げるといった程度の物だったそうだが。
「それで、アブラーモさんがこちらに来られたということは、あなたは私たちに『つく』ということなのですね?」
「はい。4時間も話し合った挙句、その程度のアイデアしか出ない連中には付き合い切れません。大体、ライバルを潰してその販路を奪うことだけが商会を発展させる手段ではないと思いますし……。あと、できれば、エラルドとお呼びいただければ……」
その言葉に、後ろで控えていたレオナルドの眉がピクリと動く。だが、エラルドは気にすることなく、カバンから地図を取り出してテーブルの上に広げて見せた。
地図は、ポトスより南のものだった。
「うちの商会はこの地図に記されているとおり、ポトス以南のベリーズ地方、さらにその先の海峡を渡った向こう側、ムーラン帝国に至るまで販路を持っています。もし、アリアさんの販路と繋げることができれば、お互いにウィンウィンの関係になるのではないかと」
「なるほど。確かにそうですね……」
初めて見る南方の地図に、アリアは思いを馳せた。
「南方からは何を得ることができますか?」
「そうですね……。ポトスで喜ばれているのは、主に砂糖、胡椒、あとはパイナップルやバナナといった南方でしか取れない果物といったところでしょうか」
「胡椒ですって!?」
アリアは食いつくように言葉を返した。胡椒は本土に置いて同じ重さの金と取引されている貴重な物だ。それが手に入るのであれば、莫大な富を得ることができる。
「エラルドさん。胡椒が本土で高く売れているということはご存じですよね?直接、交易船を仕立てて持っていかれないのですか?」
ただ、これから手を組もうとしている相手を騙すわけにはいかない。アリアは、もしも気づいていないのであればと思い、誠実に訊ねた。
すると、エラルドは微笑んだ。
「アリアさん。もちろん、そのことは存じていますよ。ただ、うちの商会は塩交易でこのポトスで5番目といっても、零細ですからね。交易船を持つなんて夢のまた夢ですよ」
ゆえに、共同で事業を立ち上げたいと。
「しかし、うちも交易船は……」
「今、建造中ですよね?オランジバークでしたか。あなたの本当の根拠地で」
「!」
アリアは言い当てられて、言葉を失った。その様子に、エラルドは笑い出した。
「シーロさんと言われましたか。確か、2カ月ほど前でしたかね。このポトスに造船技術を学びに来られてたでしょ?偶々だったのですが、バーで同席することがありましてね。酔った彼女から聞いたのですよ」
婚約者の方がいらっしゃると聞いたのは残念でしたがと言うエラルド。シーロがその時期に、「変な若い金持ちにナンパされてホテルに誘われた」と言っていたのを思い出し、アリアもレオナルドも微妙な表情を浮かべた。
((彼女じゃなく、彼なんだが……))
ただ、相手はこれから手を組む相手だ。思い出は美しいままにした方がいいだろうと察し、口に出すことはなかった。
「……わかりました。胡椒の件は、交易船が完成したら改めてご相談させてください。あと、北方の物で、南方に持っていったら売れる物ってありますか?」
これ以上、その話題に触れると危険な気がしたので、アリアは話題を変えるべくそう訊ねた。エラルドは、少し考え込んで答えた。
「そうですね。小麦は喜ばれますね。南方は暑いので作られていませんし、ポトス周辺からの輸入では量が足りず、高値で取引されています」
南方では、パンも貴重なのですよと言って。そして……。
「あとは、氷石ですかね」
「氷石?」
聞きなれない言葉にアリアは首を傾げると、エラルドは説明した。ポトスでは、食料が腐らないように一緒に箱の中に入れておくものだが、南方では家の中を涼しくさせるために使われているという。
「希少な物なので、高値で取引されています。アルカ帝国で主に採石されていると聞きましたので、もし手に入れることができれば、かなりの利益を産むとは思います」
(アルカ帝国か……)
ヤンに託した親書に対する回答はまだ届いていない。もうそろそろ何かしらの動きがあると思うが……。
「アリア?」
「あ……」
背後から掛けられたレオナルドの言葉に、アリアは考え込んでいたことに気づき、威儀を正した。そして、エラルドに改めて告げた。
「わかりました。わたしとしてもエラルドさんと手を組むことに異論はありません。どうか、これからよろしくお願いします」
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