第125話 同業者たちは、対応に追われる
夜——。
ポトスにおける塩交易業界で、現在5番目の売り上げを誇るアブラーモ商会を率いるエラルド・アブラーモが指定された部屋の扉を開けた。
「ようこそ、アブラーモさん。待っていましたよ」
そう言葉を早々にかけてきたのは、業界第1位のカッシーニ商会の会頭、ロベルト・カッシーニだ。そして、他にも先頃2位から3位に転落したケルディ商会、同じく3位から4位に転落したオリヴェーロ商会の会頭も同席していた。
「どうしたんですか?みなさん、おそろいで」
エラルドは挨拶代わりにそう言い放つと、空いている席に座る。腰巾着のオリヴェーロがいるのはわかるが、カッシーニと仲が悪かったはずのケルディがいることに違和感を覚えながら。
「どうしたもこうしたもあるか!!」
「ケルディさん!」
突然声を上げたケルディに、カッシーニが止めに入る。
「あなたの気持ちはわかります。だからこそ、こうして集まることにしたのでしょ?さっきから言ってますが、そろそろ落ち着いてくれないと……」
「……すまねぇ」
そう言って、ケルディは目の前に置かれていたグラスをあおった。
「お代わりを用意するように言いますね。ああ……アブラーモさんは何を飲まれますか?」
「それじゃ、ウイスキーの水割りを少し濃い目で……」
エラルドが遠慮がちに告げると、カッシーニは傍に控えていた部下に準備するように命じた。そして、改めて今日集まった理由を述べる。
それは、成長著しいブラス商会にどう対抗するかということだった。
「おかしいじゃねぇか。ブラス商会は潰れるって話じゃなかったのか?それなのに、なんでうちの商会よりでかくなってるんだよ!」
過日に起こった商会頭の変死に、人身売買への加担。確かに普通なら、そう時を置かずに倒産していたはずだ。オリヴェーロを同じ気持ちなのだろう。頷いているのが見えた。
「うわさでは、ルクレティア出身の詐欺師が乗っ取ったと聞きましたが……」
カッシーニの部下から水割りを受け取りながら、小耳に挟んだ程度のことをエラルドは口にした。何しろ、元からブラス商会には敵わなかったから悔しくはないし、ポトス以南に販路を持つアブラーモ商会の事業に影響は出ていない。ゆえに、関心が低いのだ。
すると、カッシーニは3枚からなる資料を手渡してきた。
「これは?」
訳が分からないまま、エラルドが受け取って中身を確認すると、そこにはブラス商会の販路の概略図、生産量と売上高の予測が記されていた。ここに集まっている各商会との比較と共に。
「新しく会頭に就任したアリア・ハンベルク嬢は、北部地域で元々部族民を相手に塩を販売していた商人だったようです。その彼女がブラス商会を手に入れました。販路は当然拡大し、その規模は我々など比べ物にならないくらいになります」
他の商会の販路も併せて記載されているが、確かに比べるのがあほらしくなるほど、新しいブラス商会の販路は広大だ。エラルドが目を通したことを確認して、カッシーニは続けた。
「さらに、懸念していることがあります。北部の塩が大量にこのポトスに流れ込むことです。そうなれば、価格は下落し、我々は今の販売価格を維持できないでしょう。すなわち、倒産です」
「倒産?」
いくら何でも話が飛躍しすぎなのでは?と、エラルドは首を傾げた。価格が下落したら確かに利益は減るが、値段を下げれば倒産というところまでは行かないはずだ。
しかし、なぜかケルディやオリヴェーロはカッシーニの言葉に同調して、「打倒!小娘」と気勢を上げている。
はっきり言って、エラルドは理解できなかった。
「それで、どうしようというのですか?」
半ば呆れつつ、エラルドは首謀者であるカッシーニに訊ねた。すると、彼は答えた。「それを今から考えるのだ」と。
(ダメだ。話にならない)
エラルドはため息をついた。しかし、議論に夢中になる連中には気づかれることはなかった。
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