第119話 伯爵は、報告書の執筆に頭を悩ます
「どうしよう……」
深夜。宿の一室で、机に向かいながら、ハラボーは頭を抱えながら何度目になるかわからないほど呟いた呟きをもう一度こぼした。
目の前には、白紙のレター紙が。
ポトスに到着したことと、アリアに接触したことの報告書を書こうとペンを持っているが……
「信じてもらえませんでしたって書けるかっ!!」
苛立ちのあまり、ハラボーはペンを床にまた投げつける。ペン先につけていたインクが絨毯をわずかに黒く汚すが、ハラボーは気に留めることなく、また頭を悩ませるのだった。
(……とはいうものの)
このまま何も報告しないというわけにはいかない。国王の容態もあるが、マルグレーナ王妃がことのほか、気にかけているのだ。それもアリアが生まれた20年以上昔から。
いくら、従弟とはいえ、仕事を放棄して許してもらえるとは思えない。そう思うと、ハラボーは床に落ちたペンを取り、再び机に向かい合う。そして、嘘を書くわけにはいかないと、ありのままに書く。そして、気づく。この内容だと戦争になるということに。
(大体、なんで王女が囮捜査に加担してるんだ!!)
書きかけた紙をくしゃくしゃと丸めながら、ハラボーはここに居ないクリスを罵る。
無論、この件については、港に到着した際に開口一番謝られて、アリアを連れ戻す件について全面的に協力することを条件に許したから、蒸し返すわけにはいかないが、それでも苛立ちを覚える。
「はあ……『お淑やかで、人を騙したりしない優しい子』かぁ……。どうして、こんなことになってるんだよ、まったく……」
ルクレティアに居た頃は、本当にそのとおりの娘だった。だから、将来悪い男に騙されたりしないか、心配したものだ。
しかし、こちらに来てフランシスコから聞いた話では、あのレオナルドという大賢者の息子と一緒になって、北部で大暴れしたらしい。逆らった者たちの多くを口に出すのも憚るような方法で粛清して。そして、多くの現地部族を支配する『王』になっているという。
しかも、最近の話では、このポトスで五指に数えられる商会の会頭を嵌めて自殺に追い込み、その未亡人を騙して半ば強引にその商会の乗っ取りを成功させたとか。さらにいうと、その未亡人と幼い娘は、後顧の憂いをなくすために近々密かに処理されるのじゃないかと。
さっき、宿のバーで飲んでいると、そんな耳を疑うような話を耳にした。
「あのベルナールよりも悪辣じゃないか……」
ハラボーは頭を掻きむしりながら呟くと、テーブルの上に置いていたウィスキーをグイッと飲み干した。
(いっそのこと……死んでましたって書くか?その方があの二人にとっても幸せかもしれないし……)
一気に酔いが回ってきたせいか、ハラボーは不穏なことを考える。王家の力を借りなくても、アリアは自分の力でやっていけているし、こちらにいれば、誰に文句を言われることなく、このまま婚約者と結婚することもできるのだ。
その方が丸く収まると思い、ハラボーはそのように報告書をまとめ始める。……が。
「馬鹿!!死にたいのか、俺。しっかりしろ!!」
窓ガラスに映る自分の姿に怒鳴りつけて、ハラボーは思い直す。すでに、アリアの存在は敵味方問わず認知されているのだ。そんなことをしても意味ないし、王妃のお仕置きを受けるだけだ。
苛烈な王妃のお仕置きを思い浮かべて、ハラボーはまた書きかけた報告書をくしゃくしゃと丸める。
結局、着到の報告だけに留める。アリアのことは、しばらく行動を共にして考えよう。
窓の外に広がるポトスの夜景を見ながら、ハラボーは悩みが晴れぬままため息をつくと、そう決断するのだった。
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