第120話 女商人は、朝から忙しい

「えっ!?しばらく働かせてほしいって?」


 朝早くにもかかわらず面会を求めてきたハラボーにお願いされて、アリアは困惑した。


「ははは……実は、昨晩カジノに行ったんだがな……全財産スっちゃってな……」


「はあ……」


 真面目な先生がどうしちゃったのだろうと、アリアは首を傾げるが、確かにそれなら困っているだろうと快諾する。……とはいっても、急に何をしてもらうかなどは思いつくはずもない。


「先生には、わたしの相談役になっていただきます」


 アリアは、一先ず害にならない役職にハラボーを就けることにした。レオナルドと同じように。


「アリア。もうそろそろ……」


 そのとき、レオナルドがアリアに促した。どうしたのだろうと思っていると、二人で何かを話している。そして、話し終えたかと思うと、レオナルドが傍にやってきた。


「まあ、ビックリするかもしれないけど」


 何のことだと思っていると、突然、目の前の景色が変わった。


「なっ……」


 今の今まで、ブラス商会の会頭室にいたというのに、どういうわけか外にいた。しかも、ポトスと異なり、周囲には高い建物が全くない。ハラボーは驚きのあまり、言葉を失った。


「フフ、驚いたでしょ。レオの【転移魔法】で、オランジバークへひとっ飛びよ!!」


「オランジバーク……」


 確か、ポトスの北方約500キロにある村の名前だと、ハラボーは思い当たり、唖然とする。


(……大賢者の息子と聞いていたが、ここまで凄いとは)


 転移魔法を使える人間など、世界にそういるわけではない。彼の父親である大賢者は使えるようだが、知り得る限り、あとは片手で数えるくらいだ。いずれも、どこかの国で要職についている。


(……となると、二人の結婚を反対する理由はないな)


 他に能力があるかもしれないが、この能力だけでも引く手数多あるだろう。ハラボーは、この青年がアリアと結婚して、王配なり貴族に列するなりしても、国家に利益をもたらすだろうと認識した。


「……先生?」


 急に黙り込んでしまったので、アリアは声を掛けた。「大丈夫ですか?」と。


「ああ、ごめん。少し、驚いたものだから……」


「でしょ!あっ……でも、他の人には言わないで。あまり知られたくないから」


 何か事情があるのか、アリアはそう言って、ハラボーに両手を合わせてお願いした。もちろん、王女からの命令だ。拒むことはできないと、ハラボーは頷いた。


「それじゃ、先生。これから役場に出勤するからついてきて」


 どこに行くのだろうと思いながら、ハラボーはアリアたちの後を黙ってついていく。大通りをしばらく歩き、2階建ての建物が見えてきた。入り口に『(仮)村役場』と書かれた看板が置かれている。


「今、新しい町を建設中で……まあ、詳しいことは中で話すからとにかく入って」


 アリアは少し恥ずかしそうにしながら、扉を開けた。そこは、多くの職員が机を並べて働いている活気のある場所だった。


「あ……村長。おはようございます」


「ジョン、今日も早いのね。おはよう」


「村長。この書類なんですが、お昼までに決裁を頂きたいのですが……」


「もう……だめよ、ナンシー。こういう書類は少なくても前日には出しておかないと。まあ、仕方ないわね。見ておくから、あとで取りに来なさい」


「あ……ありがとうございます」


「村長。シーロ所長より、人をもう少し回してほしいと。船の建造の件、このままだと工期が遅れると……」


「ジン!!確か、街道整備を行っているサジたちのグループって、今日の昼で終わりだったわね?明後日から造船所に行ってもらうように手配してくれる?」


「承知しました」


「村長……実は……」


 少なくない人数の質問や相談を素早く捌きながら、アリアは村長室へと向かっていく。その凄さに驚き、ハラボーは思わず訊ねた。「いつもこんな感じなのか」と。


「いや、今日は週の半ばだけあってか、少ないんじゃないかな。見たところ、足、止まってないから」


 レオナルドは何でもないようにそう答えた。

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