第4章 女商人は、商売敵を叩き潰す
第117話 女商人は、恩師に再会する
「みなさん、本日よりこのブラス商会を引き継ぐことになりましたアリア・ハンベルクです。突然のことで困惑しているかと思いますが、どうかよろしくお願いします」
商会のロビーに従業員を集めてアリアが挨拶すると、一先ず、拍手が鳴った。
もっとも、ここに残っているのは全従業員のうちの半分弱で、残りは家宅捜査の後、商会を見限って去っている。そして、残ったこの従業員たちも、決して明るい表情をしているわけではない。アリアの対応次第では、後を追って辞める可能性は十分にある。
「さて、今ここに居る中で、商会のことに一番詳しい人は誰かしら?」
アリアは、集まっている全ての人にそう訊ねた。一応は、引継ぎのためにこの場にいるヴァンナの方を見るが、こちらはやはり首を横に振っていた。
そうしていると、従業員たちは各々声を上げ始めた。
「トビアじゃないかな?あいつ、営業成績1番だったし」
「いや、やっぱり財務に詳しいクロエさんじゃないかしら?あの人抜きでは、事務方はガタガタよ」
「何を言ってるんだ。うちは何と言っても製造業だぜ。ガスパロ親方あってのものだろうが」
アリアはその声を聞きながら、メモを取っていく。そして、しばらく待ってもそれ以上の名前が出てこないことを確認して、手を二度叩いた。
「トビアさんとクロエさんとガスパロさん。申し訳ないけど、前に来てくれないかしら?」
その言葉にざわめきが起こる中、3人が姿を見せる。そして、どうするのかと耳目が集まる中、アリアはこの3名を商会の幹部とし、自分を加えた4人による合議で運営することを宣言した。
「それじゃ、話はこれでおしまい……って、言い忘れてたわ。前会頭がカルボネラ商会から絶縁された件、あれは本日をもって取り消されました。そういうことで、これまでのように働いてください。以上」
そう言い放ち、アリアはレオナルドと先程指名された3名を連れて会頭室へ向かう。残された従業員は、いずれもポカンとした顔をしていたが、アリアが会頭室に消えたとほぼ同時に、歓喜に沸くのだった。
「アリア。おつかれさま」
「ありがとう。レオ」
差し当たっての問題点を話し合い、アリアはレオナルドから手渡されたマグカップを受け取り、口をつけた。
「でも、大丈夫なのかい?町長の仕事もあるのに」
「あちらは、もうすぐ退任するから大丈夫よ。それにしてもついてたわね。一から商会を立ち上げようと思ってたのに、気がつけば、このポトスで2番目の塩商人よ。ホント、ラッキーだったわ」
会頭室の壁に張り付けた地図を見てアリアのニヤニヤが止まらない。元々持っていた北部の販路と繋げることで、今まで以上の富を得ることができるのだ。
町長退任後の生活も、これで盤石。念願の勇者への復讐もそう難しい話ではないだろう。
コンコン
そのとき、前触れもなく扉がノックされた。
「会頭。国家調査官のクリスさんがお越しですが」
「お通しして」
何だろうと思いつつ、アリアは許可すると、現れたのはクリスだけじゃなかった。
「やあ、アリアちゃん。無事だったんだね?」
「ハラボー先生!?」
アリアは懐かしさのあまり思わず声を上げた。
「知り合いかい?」
「ええ。中学生の時の家庭教師の先生なの。今は外国でお仕事されていて、それでも偶に会いに来てくれるのよ。おいしいお菓子を持ってね」
アリアはレオナルドの質問に答えた。
「あれ、そういえば……先生。無事ってどういうこと?」
アリアはふと先程の挨拶に引っ掛かりを覚えて訊ねる。すると、思ってもみない言葉が返ってきた。
「実はね、アリアちゃんが死んだって聞いててね。なんでも、葬儀までしたとか……」
「えっ!?」
驚きのあまり呆然とするアリアに、ハラボーは追い打ちをかけるように言った。
「しかも、婚約者は勇者アベルだってね。葬儀では彼が弔文を読んだって評判だったよ」
「ち、ちがうわ!!あんな男が婚約者なわけないでしょ!!」
「そう?」
「そうよ!!あいつはわたしを置き去りにした酷いヤツ!!わたしの婚約者は、この人!!レオただ一人よ!!」
アリアは興奮するあまり、レオナルドの腕をグイッと掴み、ハラボーの前へと押し出す。目の色が一瞬変わったハラボーに気づかずに。
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