第116話 王妃は、義娘を想う

「これは、王妃陛下」


「陛下の具合はどうなのかしら?まだお話しできる状態じゃない?」


「はい……残念ながら……」


「そう」


 ハルシオン王国の中枢たる王宮を、今日も王妃マルグレーナは空しく元来た道を侍女たちと共に戻っていく。意識を失ってからもう1年近くになる。こんなことなら、伝えておけばよかったと後悔する。


「……折角、生きていたことが分かったのに」


 部屋に戻ったマルグレーナは、机の中から1通の手紙を取り出し、それを広げる。それは、王家の御用商人の一人であり、異大陸にあるポトスという町に本拠地を置くフランシスコ・カルボネラからのものだった。そして、手紙と共に1枚の写真がある。護衛の男と共に撮影したものだ。


「アリアちゃん……」


 マルグレーナは呟いた。この部屋には誰もいないことを知ったうえで。


(こうなったら、一刻も早く連れ戻さねば。エレノアには悪いけど、あの人がかわいそうだわ)


 実のところ、世間でいうように王妃マルグレーナと国王フランツの仲は悪いわけではない。ただ、夫婦というより友達という方がシックリくる関係なのだ。


 だから、当然、世間でいうようにフランツの元カノだったエレノアを追い出したというようなことは、断じてやっていないのだ。むしろ、勝手にいなくなった彼女を探しさえもしたのだ。そして、ようやく探し出した時、彼女の腕にはアリアが抱かれていた。


(まあ、子供ができたから悪いと思ったんだろうね。彼女らしいといえばそうなんだけど……)


 戻ろうと説得するマルグレーナに、あのときエレノアは今更戻れないと言った。そして、アリアが生まれたことはフランツには言わないで欲しいと。どうしようかと迷ったが、拒むことはできなかった。追い詰めてしまっては、良くないことが起こるような気がして。


 コンコン


「王妃陛下。ケヴィン王子がお見えです」


 扉の外からそう伺う声に、マルグレーナは引き出しに先程の手紙を仕舞う。


「どうぞ」


 そして、外に向けてそう告げると、心優しい甥が部屋に入ってくる。


「王妃陛下。領内で取れた苺を献上しに参りました」


 そう言って、かご一杯に入った苺を侍女に差し出した。その姿を見て、マルグレーナは、一つ息を吐いた。


「あなたも大変ね。大方、フィネル伯爵辺りに言われたのでしょう?」


「ご推察の通りです。はぁ……国王なんてなりたいと思わないのに……」


 あきらかに、うんざりしたようにケヴィンは呟きながら椅子に座る。


(本当に、父親そっくりだわ)


 その言葉、その仕草を見て、不意に彼の父親であったヨーゼフ王子のことを思い出す。あの方もこのようにして王位は望まず、どこまでもフランツを支えようとしてくれていた。そして、アリアのことも……。


「ん?どうかされましたか?」


「いえ。なんでもないわ」


 アリアのことはケヴィンには引き継がれていない。遺言を残す間もなく死んだから、それは仕方ないことだ。だけど、わたしもいつまでもは生きていられない。


 どこかで、この子に引き継がなければならない。糞野郎の毒牙から守るために。


(そうだ……)


 そのとき、ふと閃いた。


 ケヴィンは今18歳。アリアは、去年の春に大学を卒業したから23歳。


 二人を娶わせればいいのだと。そうすれば、あの糞野郎に王位を渡さずに済むのだ。


(まあ、アリアの方が5歳年上だから、ケヴィンは嫌がるかもしれないけど、きっとお淑やかで、人を騙したりしない優しい子に育っているはずだから、そこはわたしがフォローをすれば……)


 そう思うと、やはり1日でも早く連れ戻さなければならない。国王との対面、その日のうちに結婚式と立太子の式典。今から教会を押さえなければ。行事は目白押しだ。

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