第115話 悪総督は、自らを裁く

 ニーノが地下牢で裏切りの報いを受けている頃、総督であったジュリオ・リヴァルタ侯爵はただ一人、貴賓用の牢獄にいた。


 窓には鉄格子が入っていて、入り口には監視する兵がいて、地下の牢屋同様に逃げ出すことはできない造りとなっているが、室内の調度はいずれも一級品であり、快適に過ごすことができたから、事実上軟禁ともいえるかもしれない。


「……それで、王宮の調査官とやら。ここから、どうするつもりなのかね?」


 余裕の表情でソファーに腰を掛け、相対するクリスという調査官にジュリオは不遜に言う。自分は侯爵なのだ。知人縁者には中央で力を持つ者もいる。だから、最終的にどうすることもできないと思って。


「どうするとは?」


 しかし、クリスはそんなジュリオの思惑など知らないと言わんばかりに、こちらも余裕の表情を崩さない。そのことがジュリオを苛立たせた。


「決まっておるだろう。いつ釈放するかと聞いているんだ!!」


「釈放?なぜ、犯罪を犯された閣下を釈放せねばならんのですか?」


「なぜって……俺は侯爵だぞ!!うちの知人縁者の恨みを買いたくなければ、末端の仕業で収めてうやむやにするのが常識だろうが!!」


 そうしなければ、困るのはおまえだぞ、とジュリオは言った。すると、クリスは笑い出した。


「な……なにがおかしい?」


「いやぁ、そりゃおかしいでしょ。自分のやったことの重大さに気づかずに、知人縁者が助けてくれると思っている姿をみれば」


「なに!?」


 ジュリオは苛立ちのあまり思わず声を上げる。しかし、「事の重大さ」とは何なのか。心に引っ掛かりを覚えていると、ジュリオは言った。


「閣下。あなたがこちらに収監されている罪状はご存じですよね?」


「人身売買並びに婦女暴行未遂だったな……」


 前者は決定的な証拠は残していないから、巻き込まれただけで知らなかったと言い張れるし、後者は所詮平民の女に対してもの。金でも握らせておけば問題ないはず。そう思っていると、またクリスが笑い出した。


「なにがおかしい?」


「閣下のことでしょうから、あの女性に金でも掴ませておけば問題ないとでも考えているのかな……と思いまして」


「な……」


 図星を突かれて、ジュリオは困惑した。すると、クリスは言った。


「……あの方、一般人のように見えますが、実は、ハルシオン王国の王女様なのです」


「は?」


 何を言っているんだと、ジュリオは思った。あんな小汚い姿の王女などいるものかと。


「まあ、お疑いになるのも無理からぬ話ですね。なにせ、当の本人も知らない話なのですから。そうですよね?ハラボー伯爵」


「おっしゃるとおりです。クリス殿」


「えっ!?」


 ジュリオが振り返れば、そこには身なりの立派な初老の男が立っていた。


「お久しぶりですな。ジュリオ殿。お父様が生きておられれば、さぞかし嘆き悲しまれたことでしょうな」


「っ!!」


 その顔に覚えがあった。一度だけ会った10年前は、ハルシオン王国の大使だったが、今では確か内大臣の要職にあったはずだ。そんな男がなぜこんな所に。


「王妃様の命令でな。こうして年に数度、定期的に王女殿下の御様子を伺っているのだよ」


 もっとも、まさかルクレティアから消えて、こんな所にいるとは思わなかったがな、と伯爵は苦笑いを浮かべながらそう言った。


 唖然とするジュリオ。話がでかすぎて、理解が追い付かない。しかし、そんなジュリオをクリスは容赦なく追い立てる。


「つまりだ。君は知ってか知らずか、大国ハルシオン王国のお姫様をその薄汚い欲望のままに犯そうとしたのだ。父親である国王に知れればどうなると思う?そう……戦争だ」


 ジュリオの顔が凍り付く。ハルシオンを相手にしてオルセイヤ王国が勝てる道理はない。わずかの間に全土を蹂躙され、滅亡の憂き目を見るだろう。


「お……俺に、どうしろと?」


 こうなってしまえば、もう知人縁者は守ってくれないだろう。それどころか、政府はそのすべての者の首を差し出して和を請おうとするかもしれない。最早大人しく死ぬしかないと悟ると、テーブルの上に禍々しい色の液体が入った小瓶が置かれた。


「意味、わかるよね?」


 クリスの言葉に、ジュリオは頷いた。要は、一人で収めよということだ。

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