第107話 悪総督は、悪夢を見る
「ほう……予定通り、上手く行ったとな?」
「はい。今朝、ニーノからそのような知らせがありましたので、例のアレは今宵ということでいかがでしょうか?」
昼前の総督府。いつものようにご機嫌伺を装って参上したカスト・アルバネーゼが、総督であるジュリオにそう言ってきた。
ブラスが死に、その配下であったニーノとやらが今回のことを仕切ると聞いて、ジュリオは一抹の不安を抱いていたが、どうやらそれは杞憂だったということを知る。
「よかろう。それでは、いつもの場所だな?」
「はい。お待ちしております」
ポトス港の使われていない倉庫。そこが、新たに連れてきた奴隷たちの一時的な集積所で、今宵の品評会が行われる場所。もちろん、ジュリオがまず一人持ち帰る女を選ぶのだが、オークションに参加する者たちも事前に品定めするために集まる予定だ。
「あぁ、そうだ。今回は何人集めることができたのだ?」
肝心なことを聞くのを忘れていたことを思い出し、ジュリオは退出しようとするカストを呼び止める。
「人数は、50名余。あと、道すがら、ルクレティアからやってきたという旅の女も捕まえたそうで……」
「ほう……。人数もさることながら、ルクレティア人の女とな。ニーノというやつ、中々使えるじゃないか」
「はい。推薦しておいてなんですが、わたくしも正直驚いております。ロリコンだからと、侮っておりましたな」
「ふふ、まったくだな」
ジュリオの顔に自然と笑みがこぼれた。
「それでは閣下。今晩、お待ちしております」
カストは、改めて一礼すると、部屋から出て行った。
「さて、今夜は忙しくなるな。午後は仕事もないし、昼食の後は昼寝でもして備えるか」
誰もいない部屋で、呟きながらジュリオは席を立った。
「悪党ども!!そこまでだ」
「だれだ!?貴様は!!」
「この紋章が目に入らぬか!!」
「な……もしかして、あなた様は……」
「はっ!!」
思わず、目をひらいた。そこは、いつもの天井だ。訳のわからない料亭の中庭ではない。
(なんだ……今の夢は……)
不思議なことに、手のひらから砂が抜けて行くように、こうしている間にもあれ程鮮明であったはずの夢があいまいになっていくが……悪事が暴かれて、断罪されたような夢であることは何となく覚えていた。
(もしや……予知夢か?)
とてつもないほどの悪い予感が頭をよぎった。なにせ、今晩、人には言えない悪いことをしに行くのだ。
(どうするか?今日は見合わせるか?)
ジュリオは迷った。時計を見ると、現在18時半。22時の開催時刻まであと3時間半というところ。行かないのであれば、決断するにはギリギリのタイミングだった。
(馬鹿な。何を考えている)
ベッドから起き上がり、枕元の水を飲みながら、ジュリオは思い直す。総督たる自分が夢に怯えて逃げたとあっては、さすがに情けないと。
「だれかある」
呼び鈴を鳴らしながら、そう告げると、執事の男が部屋に入ってきた。
「例の夜会に行く。準備はできておるか」
「もちろんでございます」
そう言って、いつもの隠密行動用の衣服を差し出してきた。
「馬車も裏手に用意しておりますので、ご自由にお使いください」
その口調、態度に感情は籠っていない。ただそれだけを告げると、足早に立ち去っていく。これ以上関わりたくないと言っているようにも見える。
「ふっ……」
何がおかしかったのか、自分でもわからないが、ジュリオの口から自然と笑みがこぼれた。そして思った。自分の次の総督が来ても、彼は今のような態度をするのかと。
(とにかく、今回の取引を成功させて、本国の要職に……)
もはや、悪夢のことは頭になかった。ジュリオはこの先に輝かしい未来が待っていると信じて、執事が置いていったシャツに袖を通すのだった。
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