第106話 女商人は、囮捜査の仕込みを行う
「それで、どうだった?あっちの様子は?」
「アリアの予想通り、今は領主が来るのを待ってるみたい。ただ……ヤンのやつ、女たちを先に帰したみたいだ。留めておけば、交渉も有利になるって言うのに、ホント、お馬鹿な奴だ」
オランジバークの仮設の村長公邸——。
執務席に座るアリアに、転移魔法で帰ってきたレオナルドが呆れたようにそう報告する。しかし、アリアは怒らずにクスクス笑った。
「まあ……ヤンさんらしいわね。でも、これで相手に好印象を植え付けたんじゃないかしら。だとしたら、決して悪い手じゃないわよ」
「そうだといいんだがな……」
レオナルドは、ため息交じりでそう答えた。
「ところで、頼んでいたモノは貰えた?」
「ああ、ヤンから一筆貰って、ネポムク族の村で借りてきたよ。……しかし、どうするんだ?女物の服をこんなに集めて。……もしかして、今度の作戦とやらに使う気じゃ……」
シーロのことを思い出し、徐々に顔が強張っていくレオナルド。嫌な予感がした。
「……あの、アリアさん?こちらの女性服は、みんなに着てもらう……そういうことなんでしょうか?」
クリスが代表して訊ねた言葉に、その場にいた男たちは一様に顔をひきつらせた。
「もちろんよ。みなさんには女性に変身して、この服を着て、攫われた女の振りをしていただきます」
当たり前のように告げるアリアの言葉に、クリスの部下たちはざわついた。
「おまちください!!どうして、俺たちが女装しないといけないんですか!!」
「そうだ!!そもそも、こんな厳つい女がいるわけないだろうが!!バレるに決まってるじゃないか!!」
至る所から、抗議の声が上がる。本来、宥める立場にあるクリスも同意見で、止めようとはしなかった。
「あら?今回の作戦に囮は必要だと言いましたよね?上手く行っているように見せかけないと、ニーノの背後にいる黒幕たちが出てこないからと」
「それはわかっている。だが、なんで俺たちが女装をしてまで囮を務めなければいけないのかって聞いてるんだ。それこそ、囮は北部の部族民から用意すればいいだろ!!」
この場にいるクリスの部下の中で、特にマッチョなアメデオがやや感情的になってそう主張した。途端、レオナルドの顔色が変わる。
「アメデオ、謝りなさい!!今のは、協力していただいているお二人に対して大変失礼な発言よ!!」
このままじゃ不味いと思ったクリスが、慌ててアメデオに謝罪を命じた。しかし、その謝罪を制してアリアは話を続けた。
「申し訳ないけど、あなたたちに囮をお願いするのは、理由があるの」
「理由?」
「一つは、わたしでは他に人を用意できないこと。北部同盟は、わたしの所有物ではないから、わたしの個人的な都合で同盟を結んでいる人たちを動員することはできないということ。特に、今回のことは危険が付きまとうから尚更ね」
そう。あくまでアリアとレオナルドは個人的な都合で参加してもらっているのだ。勘違いしてはいけないとクリスは理解した。
「もう一つは、あなたたちが囮になった方が、関係者を迅速に一網打尽に拘束できるからよ。訊くけど、もし、他の人を囮にしたとき、あなたたちはどこにいるの?」
その言葉に、アメデオが「あっ」としたような顔をした。
「なるほど……。他の人を囮にする場合、確かに俺たちは舞台の外で出番が来るまで待機することになる。当然、舞台まで駆けつけるのにタイムラグがあるから、その間に逃げられる可能性がある……か」
「そのとおりよ。だから、あなたたちが囮となった方がいいと思うのよ」
アリアの言葉に一応納得したのか、アメデオも他の者もそれ以上の異論は唱えなかった。
「あと……あなたたちが女装については、魔法を使います。さすがに、そのまま女装させるのには無理がありますから……」
そう言って、アリアはレオナルドを手招きする。
「まあ、実際に見てみないと信じられないでしょうから……レオ」
「まかせておけ」
アリアが促すと、レオナルドはアメデオに右手を向けて、【女体化】の魔法と発動させた。
「えっ!?」
「嘘だろ……?」
「かわいい……」
「しかも、エロい……」
一同が呟く先に、先程まで厳つい顔をした大柄で筋肉隆々だったアメデオは、見事、小麦色の肌をした長身のスレンダーな美女に変身していた。衣服のサイズが合わなくなったため、少々はだけた状態で……。
「身長は、いざという時に感覚が鈍ってもいけないからそのままだけど、これなら、大丈夫でしょ?」
アリアが確認すると、クリスは唖然とした顔のままで頷いた。
(余談)
「あの……アリアさん」
「なんでしょう?アメデオさん」
「股間にあるはずのアレまで無くなっているんですが、トイレはどうしたらいいでしょうか?」
「え……」
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