第105話 警備隊長は、賄賂を受け取った兵士を逮捕する

 夜が明け、朝日が昇った。もうすぐ交代の時刻だと、国境を守る兵士、マッモは腕を真上に突き上げて体を伸ばす。


 ジャラリ


 腰にぶら下げている革袋が音を鳴らした。同時に、心も弾む。


(ははは!!終わったら、この金持って1番いい女を抱いてやる!!)


 今日と明日は非番。藩都の娼館に行って楽しむだけの時間は十分にある。マッモは、ほくそ笑んだ。


「おい……何か見えないか?」


 不意に、隣に立つアーバーが前方を指差しながら声を掛けてきた。マッモがその先を見ると、何やら馬に乗った団体さんがこちらに向かって近づいているのが見えた。しかも、その数は……。


「大変だ!!敵襲だ!!」


 マッモは大声で叫んだ。そして、素早く門を閉めると、側に置かれていた鐘を鳴らす。その音に、駐屯地にいる全ての兵士がぞろぞろと門の前に集まった。ただし、その数は総勢12名。近づいてくる騎馬兵の数と比べて明らかに見劣りする。


「どうした!!何があったか!!」


 のしのしとやって来る隊長のジニーに、マッモは事態を報告しようとした。……が、その必要はなかった。


「わたしは、北部同盟の特使、ネポムク族のヤンである。昨夜、貴国より連れ去られた女性たちを返しに来た。ご領主どのに面会をお願いしたい!!」


 門から30mの位置で叫ばれたヤンの言葉に、マッモは青ざめた。見れば、昨夜この門から連れ出された女どももそこにいる。


(まずい……隊長に知られれば……)


 マッモの足は、ゆっくりと後退る。


「マッモ、アーバー」


「「!」」


「これはどういうことだ?なんで、帝国民が国境の外に連れ去られている?おまえらは一体……」


「あの……その……これは……」


 愚かにも、アーバーはその場に留まり、言い訳を試みる。しかし、そんなアーバーを見捨てて、マッモは走り出した。


「おい!!逃げたぞ!!」


 仲間の誰かが叫んだのが聞こえたが、マッモは走る。足には自信がある。この駐屯地では自分より早い人間はいない。ゆえに、逃げ切れると思って必死に走る。


 だが、腰にぶら下げた金貨が詰まった革袋が重くて、いつものように早く走れなかった。


「くそー!!離せ!!」


 マッモは、あっという間に追いつかれ、取り押さえられてしまった。


「あとで事情を聞く。それまで、その二人を牢にぶちこんでおけ!!」


 ジニーは二人を取り押さえた兵たちにそう命じた。そして、連れていかれる二人を一瞥して、正面の団体に目を向けた。


「さて、どうするか?」


 連れてきた女たちだけをこちらに引き渡して、お帰りいただければ一番いいのだが、特使と名乗った以上はそうはいかないだろうなとジニーは思った。


(では、戦って勝てるのか?)


 栄光の我らアルカ帝国軍が北部の野蛮部族ごときに敗れるはずがない……のだが、こちらは2人減って10名。相手は100騎余り。屁理屈抜きで考えれば、勝負になるとは到底思えない。


「だれか、藩主様のところに行って、指示を仰いでくれ」


 戦わなければ、負けることはない。そう考えて、ジニーは部下に指示を下す。そのうえで、自らは門を出て単身でヤンと名乗るネポムク族の元へと向かう。


「お主は?」


 馬上の上から問いかけられたこと言葉に、ジニーは答えた。


「アルカ帝国ルワール藩、国境警備隊長のジニーです。藩主様にお伺いを立てますので、申し訳ありませんが、一先ずこの場にてお留まり願います」


 堂々と述べられるその言葉に、ヤンは頷く。そして、横にいる部下に女性たちをジニーに引き渡すように命じた。


「ヤン殿。これは一体……」


「彼女たちは、外交交渉には無関係です。どうか、速やかに家族の元に帰してあげてください」


「ヤン殿……」


 ジニーは、その高潔さに感心して膝が訳もなく震えた。交渉をするのであれば、女たちを人質にして臨んだ方が効果的であると思えたからだ。


「かたじけない。あの女たちは、このジニーが責任をもって必ず家族の元に帰すことを約束しましょう」


 ジニーは、頭を下げるのだった。

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