第101話 大賢者は、息子のやらかしに頭を抱える

「どう?落ち着いた?」


 エレノアを匿っている部屋に共に戻ってからしばらく経って、ユーグは言葉をかけた。


「ええ……おかげさまで」


 あれだけ激しく泣いたせいか、目元は赤く少し腫れていたが、どうやら落ち着いたというのは確かなようで、その口調、態度はいつもと左程変わっていないように見受けられた。


 ゆえに、ユーグは話を切り出した。まず、娘がいることを国王が知っているかについては……


「……実は、マルグレーナに口止めしたの。彼女から印の短剣も贈られてきたけど、おそらく、フランツは知らないと思う……」


 エレノアはそう答えた。マルグレーナとは、王妃のことだ。彼女に追い出されたと思っていたが、実はそうではないらしい。


(そうなると……国王でさえ知らないことをどうやって知ったのかということだな……)


 ……とはいうものの、当時からハルシオン王室では先妻の子であるフランツを引きずりおろして、後妻の子である三男のベルナール王子を立てようとする一派が暗躍していたことは確かだ。


 厳重に秘匿されるべき情報とはいえ、漏れない保証はどこにもない。


 ただ、そうはいっても、漏れたのはそんなに昔のことではないとユーグは思う。


 もし、彼らがもっと早い段階でこのことに気づいていたならば、娘が成長するのを待つ必要はないのだ。幼いうちに必ず手を下していただろう。その方が事故に見せかけるのはたやすいのだ。


(だが、ひとまずそれはおいて置いて……)


 ユーグは次に、手紙の中身を教えて欲しいと言った。場合によっては、お嬢さんの身に危険が及ぶ可能性があるとして。


(断られたら……自白魔法を使うか……)


 あまり使いたくはない手であったが、事は多くの人の運命に直結する話である。ユーグは覚悟を決めて、エレノアの答えを待った。


「いいわ。わたしが読んだら、渡すわね」


 しかし、エレノアはあっさり許可した。そして、ホッと胸を撫で下ろすユーグの前で手紙の封を切り、中身に目を通す。


「うそ……」


 エレノアが驚愕の表情を浮かべた。しかし、それはどうやら嬉しい知らせのようだ。頬が緩んでいる。……と同時に、1枚の写真が床に落ちたことにユーグは気づいた。


「エレノアさん、落ちま……えっ!?」


 拾い上げたその写真を見て、ユーグの顔が固まった。


「どうかしたの?」


 今度は、エレノアが心配して声を掛けた。


「いや……実は、この写真と同じものを俺も持っていて……」


 そう言いながら、ユーグは先日、弟子であるクリスから送られてきた手紙に同封されていた写真をエレノアに手渡す。不思議なことに、それはまったく同じものだった。


「これは……」


「恥ずかしい話ですが……20数年前に別れた恋人との間に息子がいたことを先日知りまして……。その写真の右に写る男が……」


 ユーグは正直に説明した。すると、エレノアは急に笑い出した。


「どうしたんですか!?」


「フフフ……。だって、こんな偶然ってあるかしら!!その左に写る女が、わたしの娘で……手紙には、右に写る男の人に助けてもらって……その二人が、なんと!今度、結婚するっていうのよ!!」


「え……?」


 思ってもみなかった言葉に驚くユーグ。そんな彼に、エレノアは手紙を渡す。そこにはエレノアの娘・アリアがユーグの息子・レオナルドに助けられたこと、その縁をきっかけに二人は愛を育み、今度結婚することが確かに記されていた。


(……まだ見ぬ息子よ。おまえはなんとトンデモないことをしでかしたのだ)


 当の本人たちは知らぬこととはいえ、事実としては、自分の息子が一国の王女を口説き落としたのだ。そのことに思い当たり、加えて父親であるフランツにどう説明するか、ユーグは頭を抱えたのだった。

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