第100話 母は、娘からの手紙に号泣する

「ねえ、ねえ、エレノアさん。あの方……あなたの新しい良い人?」


「はい?」


 ルクレティアの縫製場。もうすぐ今日の仕事が終わろうかという時に、同僚のメルが突然そんなことを言ってきた。見れば、彼女の視線の先——工場の窓の外に、大賢者ユーグ・アンベールの姿があった。


「ちがうわよ。そんなんじゃなくて……」


「でも、最近毎日お迎えに来てるでしょ?もう……隠しても無駄よ。みんな知ってるんだから。それにしても、いつの間にあんなかっこいい人を捕まえたのよ。ホント、あなたも隅には置けないわね?」


 半ば決めつけたように一方的に言うと、メルは嬉しそうにエレノアから離れて行く。その先には、同僚たちがこちらを見ながらメルが帰ってくるのを待っている。


「いや?待って。違うからね」


 エレノアは否定しようと彼女を追う。メルも含めて彼女たちとは仲がいいから、単純に祝福しようとしているのはわかったが、紛れもない誤解なのだ。しかし……


「何が違うんだ?」


 不意に聞こえた言葉に振り返ると、そこにはユーグが立っていた。たぶん、ユーグはそんなつもりでこの言葉を吐いたわけではないとエレノアは理解したが、メルら同僚には、彼が自分との交際を認めたように聞こえたらしい。祝福する声が上がったのが聞こえた。


「はぁ……もう、なんで来たのよ」


 エレノアはため息を吐きながら、どうやって誤解を解こうかと頭を抱えた。





「それは、申し訳ないことをしたな」


 さっきの縫製場での出来事を告げると、ユーグは申し訳なさそうにしてエレノアに謝った。


「そう思うのなら、もう職場には来ないで……」


「悪いが、それはできない。依頼に反するからな」


 それとこれとは話は違うと言わんばかりに、ユーグはエレノアの要求を却下した。なにせ、ハルシオン国王直々の依頼なのだ。おいそれと反することはできない。


 もちろん、そのことはエレノアも理解している。ゆえに、仕方ないというように、再びため息を吐いた。


「あ……」


「どうしたの?」


「そういえば、君宛に手紙が届いていたんだ」


「手紙?」


 誰からだろうと訝しみながら、ユーグから差し出された包みを受け取ると、そのクセのある宛名書きの字、そして、裏に綴られた差出人の名を見て、言葉を失った。


「ん?どうした……って何故泣く!?」


 戸惑い慌てるユーグを他所に、エレノアの瞳に涙が溢れ、頬を伝い流れ落ちる。


「一体、どうしたっていうんだ?」


 ユーグはポケットからハンカチを取り出すと、そっとエレノアに差し出した。しかし、それでも泣き止まず、ユーグは仕方なく肩を優しく抱きかかえると、近くの公園に連れて行き、そこにあったベンチに座らせた。


「娘……からなの……」


「娘?」


 ベンチに座ってからしばらく経ち、エレノアはぽつりぽつりとこれまでの事情を話し始めた。


(うそだろ……。そんな話聞いてないぞ)


 エレノアの話が進むにつれ、ユーグの表情はゆがんだ。国王からは、娘がいる話も聞いていなければ、その娘が勇者に誑かされて殺されたって言う話も初耳だった。


 そもそも、ハルシオン国王フランツ2世からの依頼は、かつての恋人だったこのエレノアを守ってほしいとのことだった。どういうわけか、ベルナール王子の手の者が狙っているらしいということで。


(だから、俺はてっきりこの女が国王の遺言、もしくは王家にまつわる秘密を握っていると見ていたのだが……)


 ……でなければ、国王の元恋人とはいえ、外国で平民同然の暮らしを送る彼女を狙う必要などないのだ。


 しかし、娘がいたとなれば話は変わってくる。なにせ、国王の一人娘なのだ。ベルナール王子にしてみれば、脅威以外の何物でもない。排除に動いて当然だろう。


(……となれば、その娘が今どこでどうしているか……ということなのだが……)


 ユーグは、エレノアの手にある手紙を見る。あの中に『鍵』が入っていると思うと、友人である国王のためにも早く知りたいという想いが湧いてくる。


 だが、焦りは禁物。ゆえに、彼女が落ち着くまで、話を切り出すのを差し控えるのだった。

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