第99話 女商人は、見抜く

「これは、なんと……」


 フランシスコが感嘆の声をあげる。目の前の机に広げられているのは、絵描きに徹夜で写生させた地図のうちの1枚だ。


「その『なんとかハル村』なんですが、アルカ帝国には3つあります。カランハル村、ネオンハル村、ラスハル村……」


 アリアは、そう言いながら、その3つの村の位置を東から順に指を差していく。


「……ですが、いずれの村にしても、ポトスに向かう街道はこの道しかない……」


 それぞれの村を結ぶ1本の街道。アリアの指が、その道をなぞり、国境を示す点線を越えた。そこには『スピーナ街道』と記されていた。


「……つまり、このスピーナ街道を見張っていれば、自ずと悪人どもがやって来る……そういうことですな?」


 フランシスコが念を押す。すると、アリアは大きく頷いた。


「わかりました。わたしの命に代えても、この地図はクリスに渡るようにいたしましょう」


 話の趣旨はすでに確認している。万全を期すためと言って、地図を丸めて差しだすアリアから、フランシスコは黙ってそれを受け取った。


(人が好いだけの世間知らずのお嬢さんなのか、あるいは稀代の策士なのか……)


 アルカ帝国が門外不出にしたように、この地図は利益の観点からも、安全保障の観点からも、容易く人に渡していいモノではない。なにせ、悪いことを企むものがこれを手にすれば、アルカ帝国のみならず、この北部全域に戦争などの災いを与えるかもしれないのだ。


「何卒、よろしくお願いします」


 しかし、アリアはそれでもこの地図を渡してきた。信用されて嬉しくないわけではないが、逆に何か裏があるような気もした。


 別れ際に、笑顔で見送ってくれるアリアの正体に思いを馳せて、フランシスコは悩むのだった。





「……それで、会頭はなんて言ってたんだ?」


「ん?なにが?」


「だから、ジャラール族の提案を受けるのかっていう話。相談したんだろ?」


 フランシスコとの会談が終わり、執務室に姿を見せたレオナルドが訊ねてきた。彼は先程までラウス国王へのもてなしをお願いしていたから、会談には出席していない。


 ……というか、どうもフランシスコのことが苦手のようで、避けている節すらあることをアリアは知っている。シーロの話では、父親である大賢者の姿を重ねられているような気がしてむず痒いそうだ。


「してないわよ」


 しかし、アリアはそんなレオナルドの予想とは反する回答をした。


「どうして?相談するんじゃなかったの?」


 レオナルドは、昨夜アリアが悩んでいたことを知っている。ゆえに、今日、フランシスコに対応を相談すると思っていたのだ。彼ならば、力になってくれると信じて。


「必要ないわ。だって、わたしの中ではすでに結論は出てるもの」


「結論が出てる?」


 レオナルドが訝しんでそう言うと、アリアは説明を始めた。


「ラウス国王の提案は、このオレンジバークにとっては利益の出る話。それは昨夜も言ったわね?」


「ああ……。だけど、あの話だと、ヤンの奴が困るっていうことなんだろ?」


「そうよ。うちとジャラール族は儲かるけど、逆にヤンさんの所は蚊帳の外に置かれるわね。そうなると、わたしの信用はガタ落ち。あれだけ、助けてもらったのに……っていわれるわね」


 意図的に引かれなかった交易路を示す線。気づいたのは、地図の複製を絵描きに指示をしたときのことだ。


 初めは、ジャラール族とネポムク族の村を結ぶ交易路を作ることを条件に付け加えようと単純に思った。しかし、両者の間には積年の蟠りがあり、そう容易い話でないことに気づいた。


「それなら、あえてジャラール族経由のアルカ帝国との交易に加えるのではなくて、別の向け先の入り口にすればいいんじゃないかと思ったのよ」


 そう言って、フランシスコに渡したものとは別の地図をアリアは広げる。


「ヤンさんの村はここでしょ」


 そう言って、ネポムク族の村の位置を指差すアリア。そこから、まっすぐ南に向けて指でなぞった。


「スピーナ街道?」


 レオナルドの口から言葉が零れる。アリアの指先は、くしくもフランシスコに説明した時と同じその文字を指差していた。

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