第103話 調査官は、出し抜かれる
一方、そのころクリスは、というと、ヤンたちが襲撃を行った場所よりやや西の地点にいた。
その手勢は、およそ10人余り。人攫いに加担している賊の人数よりは少ないが、いずれも本土から密かに呼んだ手練れの魔法使いばかり。多少は苦戦するかもしれないが、問題なく連中を捕縛できるとクリスは認識していた。
「さて、そろそろですな」
今回の作戦で副官を務めるダグラスがそう言うとクリスは頷き、部下に作戦開始を指示した。街道の中央にクリスを始め10名ほどの人員が陣取り、周囲には篝火を焚き、オルセイヤ王国の国旗を掲げて臨検の体制を取った。
そして、残りは、賊どもが抵抗した時に側面から攻撃を加えるために左右の岩場に潜む。
準備は万端。あとは、待つだけだった。
「ん?」
そのとき、前方から何か音が聞こえてクリスは訝しんだ。しかも、その音は次第に大きくなってきて……
「ああ……お役人さまぁ!!」
フラフラになりながらも、こちらに向かって駆けてくる男の姿が見え、声も聞こえた。その顔は泥で薄汚れていたが、間違いなく今回のターゲットであるニーノ・コレッラだ。
「どういうことだ?」
「さあ?」
クリスは、横に控える副官に訊ねるが、どうやら彼も知らないようだ。しかし、その間にもニーノはこちらに近づき、ついには転がり込むようにクリスのいる臨検所に到達した。
「た……助けてください。もうなんでも話します!!話しますので、あの連中から……」
「あの連中?」
目の前で哀れにも頭を地べたに擦り付けるニーノから目線を上げると、30mほど先に数十騎の騎馬兵が弓を構えてこちらを窺っている。
「なっ!?」
クリスは思わず声を上げた。
(もしかして、帝国兵か!?すると、此奴は失敗してここまで追われてきたのか?)
相手の装束は、明らかにポトスのモノではない。ゆえに、そう断じかけた。……が、そのとき、両者の間に割ってはいるように、二つの人影が突然現れた。
「えっ!?アリアさん?それに……レオナルドさんまで?」
それが瞬間移動だとクリスは理解した。師匠が使っているところを見たことがあるからだ。
「これは一体……」
しかし、ここに現れた目的が分からない。クリスは驚きを隠せないまま、アリアたちに近づく。すると、彼女は突然頭を下げた。
「ごめんなさい、クリスさん。実は、今回の件、利用させてもらいます」
「利用?」
何を言っているのだろうと、訝しんでいると、後ろの騎兵集団から指揮官と思われる男が近づいてきた。
「彼は、ヤンさん。わたしたちと同盟を結んでいるネポムク族の族長さんです」
「ネポムク族?」
クリスは、それが北部の部族の名前であることに思い至る。
「それで、そのネポムク族の方たちが何でここに居るんだい?」
「それは、攫われた帝国民を返すことで、ネポムク族を窓口にした帝国との交易を始めるためです」
「交易?」
「すでに、その男が運ぼうとしていた女性たちは、わたしたちが保護していますので……」
アリアは少し申し訳なさそうに言った。だが、クリスの理解は追いつかなかった。
(何を言ってるんだ?人攫いの犯人を捕まえて、ポトスの人身売買を撲滅しようとしているのに、そこにどうして帝国との交易の話が出るんだ?)
アリアの頭の中には何かをなすための絵図面があるのだろう。そして、あの北大陸の地図をこうして手も度に届けてくれたのも、その計画の一旦なのだろう。そのことは理解した。
だが、その計画の目的が理解できない。理解できない以上、自分たちの目的の障害になるのかどうかもわからない。わからない以上は、どう判断していいかわからない。
「ああ……難しく考えなくてもいいぜ。要は……おまえは犯人を確保して、俺たちは被害者を国に帰す。お互い、それぞれの目的が果たせるのだし、ウィンウィンの関係ってやつさ」
難しい顔をして考え込んでいたクリスを見かねたのか、レオナルドが分かりやすく言ってくれた。
(なるほど……)
クリスはようやく理解できた。確かに、自分たちの目的は犯人の確保で、捕まってここまで連れてこられた被害者たちのことは二の次だった。ここは、国境から近いから解放さえすれば自力で帰れるという程度にしか思っていなかったのだ。
「おそらく、国境を守る兵士たちは買収済み。このまま、彼女たちだけで返した場合、自分たちの犯罪行為をごまかすために、口封じに殺される恐れがあるわ」
アリアは、そのように説明した。今更ながら、そのことに気づかされてクリスは自分の考えの甘さ、独り善がりを思い知る。
「しかし、それならどうするのです?まさか、このまま南下して他の街道から……」
「そんなことしないわ。ヤン族長にはこのまま兵と共に『北部同盟』の外交特使の立場で行ってもらうの。そうなれば、わずか10人程度の国境警備隊ではどうすることもできないでしょ?」
訊けば、100人余りの兵を率いているという。ゆえに、少なくても、領主級の偉いさんが対応に出てくるだろうと。アリアの目論見に、クリスは感心し、頷いた。
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