第75話 悪総督は、おもちゃが壊れて苛立つ

「ああ……やっぱり、死におったか……」


 朝起きて、昨夜犯した女が自分の真横で血まみれになっていた。舌を噛み切って。


「生きていれば、そのうち良いこともあっただろうに……愚かなことだ」


 そう呟いた総督——ジュリオ・リヴァルタ侯爵は、呼び鈴を鳴らして人を呼ぶ。そして、物言わぬ骸となったこの愚かな奴隷の女と血まみれになった寝具を片付けるように命じる。


「かしこまりました」


 現れた執事の男が淡々と命令を承る。初めこそ驚いたものだが、もうこれで7度目ともなれば慣れてくるものである。それは、彼の部下である使用人たちも同様で、総督が立ち去った後、部屋に入ってきてはテキパキと作業をこなしていく。死体の片付けも含めて。


 そのとき、執事の目に女の見開いた目が映った。激しく泣いたのだろう。目元は赤く腫れていた。ゆえに、そっと手をあてて瞼を閉じてあげる。自分のできることはそれくらいしかないと言い聞かせながら。





「閣下……聞きましたよ。もうこないだ献上したおもちゃを壊されたそうで……」


 昼前になって総督府を訪れたカスト・アルバネーゼに呆れたように言われて、ジュリオは不機嫌そうにした。


「ああ、もったいない。とびっきりの美女だったのに。殺すんなら、俺に味見をさせてくれても……」


「黙れ」


 ジュリオは、一喝してカストの口を噤ませた。別に、自分が殺したわけじゃない。あの女が勝手に死んだのだ。……そう心の中で思いながら。


「大体、言葉が通じんのだぞ!!俺にどうしろって言うんだ!!」


 怒りのあまり、机の上にあった文鎮を投げつけるジュリオ。無論、当たらないようには加減はしているが、カストに衝撃を与えるには十分だった。


(ああ……やっぱり、あの本土の女を逃したのは痛かったなぁ……)


 数日前、大通りを歩く本土特有の白い肌にブロンドヘアーの女を見かけた。呑気に無警戒で歩いていたので、難なく攫えるかと思ったが、邪魔が入り失敗に終わったのだ。


 もし、献上できていれば、ジュリオの覚えもより良いものになっていただろうと、カストは悔やんだ。


「まあ、いい。女のことは終わったことだ。忘れよう。……それよりも、次はいつ開催する?ブラスは何か言って来たか?」


「今のところ、次は来月の後半になるかという話です。なにせ、塩交易のついでに攫ってくるようなので……」


「ほう……」


 塩交易のついでに攫ってくるという話は、ブラスの部下である番頭のニーノから聞いた話だ。ブラスからは日程しか聞いていない。


「とにかく、女よりも金が要るのだ。日程はそれで構わんから、より多くの利益が出るように計らえ。よいな」


「かしこまりました」


 カストは頭を下げて、拝命した。すると、足音が聞こえてやがて遠ざかっていった。頭を上げると、もうそこにはジュリオはいない。


「ふぅ……やれやれだな……」


 気が抜けたのか、思わず言葉をこぼしたカスト。


 噂では、本国では近々宰相さまが引退することが決まったらしく、その後継を巡って派閥争いが起こっているらしい。


 つまり、ジュリオは支持する派閥に多額の献金を行うことによって、次期政権の主要ポストに就きたいと望んでいるのだ。そう考えたら、今、女にうつつを抜かしている場合じゃないということも理解できる。


 もちろん、ジュリオが本国で大臣にでも就任できれば、カストのアルバネーゼ商会も飛躍するチャンスを得ることができるのだから、他人事ではない。


 今はまだ、このポトスには自分よりも強大な商会が幅を利かしている。しかし、いずれ追い抜くために、カストは今日も企むのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る