第74話 恋人たちは、足踏みする

「それじゃあ、お見合いの話はなかったことに?」


「ええ。そのお相手の方には、すでに婚約者の方がいるらしくて、さすがのお父様もあきらめたようよ」


 ポトス魔術大学のカフェで、カルボネラ商会の会頭の娘であるレベッカは、同級生であり、この大学の研究員となっている恋人のオズワルドと遅めのランチを食べながら、昨夜、父から聞いた話を伝えた。


「だから……あとは、あなた次第よ。今回は、何とか乗り越えたけど、お父様のことだから、次の縁談も必ず近いうちに用意してくるはず。それまでに、既成事実を作って、強引に話を持っていかないと……って、ねえ、オズ。聞いてる?」


「ああ……聞いてるとも……」


 あまりにも肉食なお嬢様の言動に、オズワルドは困惑しつつそう答える。だが、言っていることは間違いない。もし、このまま先に進まずに今の心地よい関係を続けて行けば、いずれ引き裂かれてしまうのだ。ゆえに、勇気を持たなければならない。ならないのだが……。


(本当に、ただの平民の俺が、こんなお金持ちのお嬢様の婿に収まっていいのだろうか?)


 その思いが、いつも自分の心にブレーキをかけるのだ。そして、今日も……。


「あっ!!そろそろ、午後の授業があるから行かないと……」


「ええー!!いいじゃん!!わたしの婿になれば、大学辞めるんだし。このまま遊びにいこうよ」


「そういうわけにはいかないよ。君の婿になるなら尚更、今の研究を早く完成させなければいけないからね」


(……これは、方便だ。ただ、怖くなって逃げるだけだ)


 オズワルドは、心の中でそのことを認めながらも、レベッカの前では言い出すことはできずに、いつもの通り彼女と別れた。





「いくじなし……」


 去って行く彼の後ろ姿を見送りながら、レベッカは呟いた。彼が大学の研究を理由に、いつまでたっても関係を前へと進めようとしないことは、とっくに気づいている。


(はあ……どうして、あんな情けないヤツ、好きになっちゃったんだろ……)


 ずぅっと昔に、何かがあったことは覚えている。それで、好きになったことも。だけど、ここまで来ると、もはや意地だ。今更、他の男のところにホイホイ行くのがただかっこ悪いと思っているだけだ。


 もちろん、だからといって愛情が冷めたわけではない。彼と結婚して、家庭を持ち、子供を産んで……そういう夢も当然もっている。


「だけど……」


 このままだと、その夢は幻となって消えてしまうだろう。もし、今度父がお見合いをセッティングして、条件が悪くなくて、それでも、オズワルドがなにも行動を起こさないのであれば、さすがにもう……見限るしかない。


「それにしても、うらやましいわね……」


 かつて、自分を助けてくれた大賢者様の御子息は、勇者の元カノに惚れて、強引に口説き落としたらしい。しかも、相思相愛の固い愛情で結ばれていて、あのイケメンの調査官が口説いても落ちず、逆に目の前でいちゃつかれたらしい。


(わたしなら無理ね。あんなイケメンに口説かれたら、秒単位で落ちて、ホテルに直行だわ)


 お嬢様らしからぬ感想に、レベッカ自身も思わず吹きそうになるが、それもこれも、全てはあの頼りない彼氏が原因なのだ。


(ここまでお膳立てしてるんだから、根性見せてよ。……昔みたいに)


 いなくなった相席を見つめながら、レベッカは独りそう思った。

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