第76話 女商人は、アポなし訪問を敢行する

「よし、決めた!!親父の話を聞きに行く!!」


ブゥゥウウー!!


「ゴホっゴホっ……突然、脈絡もなく何を言うのよ!!びっくりしたじゃない!!」


 口に含んでいたお茶を盛大に噴出したアリアが声を上げる。クリスとの出会いから今日で丸2日。元気がないな、とは思っていたが、今の今までブラスをどう脅して協力させるか、という話をしていたのに、いきなり言い出したのだ。


「ごめん、ごめん。でも、親父が大商人の身内なら、ブラスの野郎に頼むより当てにすることができるんじゃないかな……って思ったわけさ」


 そういうことなら、確かに全くの的外れな話題でもないような気もするが、それでも、もう少し前置きが欲しいもの。アリアは濡れたテーブルを拭きながらそう思った。


「それで、いつ行くの?まさか……今日って言うつもりじゃないわよね?」


「ん?それってまずいのか?」


「……相手は、大商会の会頭でしょ?アポなしでいきなりは会ってくれないんじゃ……」


(それに、もしお父様がいるのなら、美容室にもいきたいし、もう少しきちんとした服も買いたいし……)


 何事も最初の印象が大事なのだ。アリアは準備の時間が欲しかった。


「まあ、ダメだったらその時考えればいいじゃん。それに、物価が高くて金銭的な余裕もあまりないんだろ?あまりのんびりするわけにはいかないんじゃなかったけ?」


「う……それは、そうだけど……」


「それなら、行こう。なぁに、なんとかなるさ」


 そう言い放ち、レオナルドは部屋を飛び出していく。


「ちょ…ちょっと、レオってば……」


(もう……人の気も知らないで!!)


 アリアは一度ため息を吐き、それでもそそくさと身なりを整えて、レオナルドの後を追うのだった。





「あいにく、会頭はご予約のない方とはお会いになりません。お引き取りください」


 メモに書かれていたカルボネラ商会の受付ロビーで、受付嬢はそうはっきりとアリアとレオナルドに告げた。


(やっぱり、そうよね。まして、こんな身なりじゃ、怪しむ気持ちもわかるわ……)


 今のレオナルドとアリアの服装は、小奇麗ではあるが普段着に毛が生えた程度の物。少なくても、正装する必要があったのではないかと、アリアは思った。


「だ・か・ら!!レオナルド・ブランシャールが会いに来たって伝えてくれって言ってるだろ!!伝えてくれれば、わかるはずだから頼むよ」


「ですからっ!!これは規則でして……」


 相変わらず、レオナルドは粘っている……というより、駄々をこねているが、こうなっては無駄だろう。


「……レオ。もうその辺で」


 このままだと、警備員を呼ばれてしまうと思って、アリアはレオナルドを止めようとした。


「……レオナルド・ブランシャールですって!?」


 そのとき、突然、背後から声が聞こえた。振り返ると、顔立ちのいい若い女性が立っていた。


「お……お嬢様!!」


 レオナルドをあしらっていた受付嬢が声を上げ、慌てて頭を下げた。しかし、女性は受付嬢を見ようともせず、レオナルドに近づいた。


「わたくしは、会頭フランシスコ・カルボネラの娘、レベッカと申します。失礼ですが、オランジバークのレオナルド・ブランシャール様で間違いありませんか?」


「ああ、そうだけど……」


 機嫌を損ねていたのだろう。レオナルドはぶっきらぼうに淡々と答えた。


 ……にもかかわらず、レベッカはレオナルドの手を取り、ニコッとして言った。


「大賢者様の御子息にお会いできて光栄です。父を呼んできますから、少しお待ちくださいね」

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