第96話 王様は、タネ明かしをする

「陛下、よろしかったのですか?地図をお貸しして……」


 宿舎に帰ったラウスに、フレッツは確認する。なにせ、あれはアルカ帝国にすれば門外不出の物。それを所持しているのは、ジャラール国が帝国から信頼されているからこそなのだ。


 しかし、ラウスは取り合わない。


「別にかまわないさ。もし、オランジバークがあれを使うとすれば、どの道我が国とて帝国と事を構えなければならないのだから。なんせ、国境接してるのってわが国だけだし」


「それはそうかもしれませんが……」


 フレッツはつい心配してしまう。


 もし、帝国の耳に入れば、今回の交易の話は吹っ飛ぶし、場合によっては戦争になるかもしれないのだから。しかし……


「かの国は賄賂の国だ。もし、バレたとしても、なんとかなるだろうさ」


 そう言って、ラウスは高を括った。


「それよりも、我らの提案の真意をアリア嬢は見抜けると思うか?」


 2つのグラスに蒸留酒を注ぎながら、ラウスはフレッツに訊ねた。その1つを手渡しながら。


「さあ、どうでしょうか。少なくてもあの場で受諾されていたら、興ざめもいい所でしたので、時間的な猶予を求めてきたのは及第点かと思いますが、今のところはなんとも……」


「そうだよな。もっとも、少し感情的になっていたから、ひょっとしたら、損得抜きで問答無用で蹴られるのかと心配したが……」


 そう言って、ラウスは笑った。あのとき、彼女の婚約者が何かささやいて落ち着きを取り戻したが、あれがなければどうなっていたか。


「しかし、さすがはマホラジャ閣下の策ですな。何というか……あくどいというか……」


「おまえもそう思うか。そうだよな。一見、今回の提案ってオランジバークにも大きなメリットがあるから、並の人間なら迷うことなく受諾するだろう。だが……」


 あのとき、地図にひいた線に絡繰りを仕掛けたのだ。オランジバークとジャラール国の間を結ぶ交易路を、ラモン族の居住地を経由するルートのみ記したのだ。距離的には、ネポムク族の居住地を経由する方が近いにもかかわらず。


「つまり、あの提案をアリア嬢が受け入れれば、必然とネポムク族は交易路の端っこになり、かの部族の力は失われていくというわけで……」


「この状態が続けば続くほど、我々は何もしなくても、力の差を広げることができる」


「しかも、場合によっては不満を募らせたネポムク族の連中が暴発して、討伐されることにも……」


 これが、『戦わずして勝つ』という兵法というものらしい。


 出発前に力説していたマホラジャを思い出して、ラウスとフレッツは噴き出した。


「そもそも、閣下が言うには、この部族同盟とやらがいつまで続くかはわからないそうですね。そうなった時に、すぐに動けるように……と陛下に進言なされてましたが……」


「ここにきて思ったことだが、このオランジバークも、同盟も、すべてあのアリア嬢が要になっているからこそ、ここまで纏まっているようだ。もし、彼女が何らかの理由でいなくなれば……」


「……きっとこれまでのことは、砂の城のように崩れていくでしょうな」


 そうなれば、マホラジャの言うように、この北部は以前のように弱肉強食の時代に戻るだろう。今のジャラール国の状況では、戦争など望むはずもないが、その頃もそうであるべきなのかなどは、わからないのだ。


「……まあ、お手並み拝見といくか」


 ラウスはそう呟いて、コップの中にわずかに残っていた琥珀色の酒を一気にあおるのだった。

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