第97話 女商人は、地図の写生を命じる

「え……転写魔法が使えない!?」


 陽が沈み、辺りが暗くなる中で、密かに村役場に呼んだイザベラから、地図の転写ができないことを伝えられて、アリアは驚きの声を上げた。


「だって、教会では聖職者が【転写魔法】で聖書を複製させていくって聞いてるわ!!」


 現に、この村でもこれまで聖書の複製はイザベラが行ってきたのだ。できないはずはないと、アリアはもう一度確認しようとするが……


「アリアさん。残念ながら、この地図には特殊な魔法がかかっていて、【転写魔法】が発動しないようになっているみたいです」


 イザベラから改めてそう言われてしまう。……と同時に、アルカ帝国では地図の持ち出しが禁止されていることを思い出し、【転写魔法】が発動しない理由にも思い当たった。ゆえに、納得せざるを得ないことを理解する。


(どうしよう……。明日、フランシスコさんに見せて、クリスさんに渡してもらうようにしようと思ったのだけど……)


 最悪の場合は、フランシスコと確認したのちに、その内容を口頭、または簡易メモで伝えてもらう方法もあるが、確実を期すために、できれば地図の写しを渡したいとアリアは思っていた。


「……すみません。お役に立てなくて」


 そう言って謝るイザベラに、「気にしないで」と伝えるアリア。もちろん、その間にも次の手段を探し始めている。


(……といっても、選べる方法はただ一つしかない)


「アンジェラ。悪いんだけど、この村で絵が上手な人を10名ほどピックアップして、ここに呼んでくれないかしら?」


「えー!もうすぐ、終業時間なんですけど?」


 今の時刻は、17時45分。終業時刻が18時なのだから、あと15分で本来は仕事はおしまいになるのだ。ゆえに、アンジェラは文句を言って抵抗を試みようとするが……


「あら?何か言ったかしら?」


 何も聞こえませんとばかりにアリアにスルーされて、涙を流しながらリストアップに取り掛かる。


「何をする気なの?」


 只ならぬ雰囲気に、イザベラが訊ねると、アリアは「魔法がダメなら、人力で写せばいいのよ」と答えた。


 そうこうしているうちに、アンジェラは指示通りに対象者をリストアップして、アリアに提出する。そこまで約20分。終業時間は5分過ぎたが、それでも早い方だ。


(ホント、事務処理能力はいつ見ても完璧なのよね……)


 そんなことをアリアが思っていると……


「それじゃあ、さようなら」


 これ以上、面倒ごとに巻き込まれてたまるかと言わんばかりに、足早に去って行く。その姿を見て、アリアとイザベラは苦笑した。


「仕方ないわね」


 そう言って、アリアは階下に降りていく。そして、手近にいる兵士に声をかけた。


「申し訳ないんだけど、今日の夜勤の方たちで手分けしてこのリストに載っている方をここに連れてきてもらえないかしら。1時間以内に」


「い……1時間以内に……ですか?」


 顔を引きつらせて躊躇う兵士。本来の仕事とはアリアの護衛であり、逸脱した任務ゆえに断ろうとするが……


「そうよ。何せ、人の命がかかっているからね。申し訳ないとは思ってるんだけど、そういうことで、お願いできないかしら?」


 そこまで言われた以上は、そんなことができるはずもなかった。


 かくして、この夜、10人の哀れな絵描きが半ば強制的に村役場に集められることになった。翌朝までに北大陸の地図を少なくても2枚書き写すように命じられて、一同が皆涙するのはイザベラが教会に帰った後の話だった。

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