第95話 女商人は、強敵と交渉する

「お待たせしてすみません。わたしが村長のアリア・ハンブルクです。陛下におかせられましては……」


「ああ、構いませんよ、アリア嬢。我らは『仲間』なのですから、そんなに堅苦しくなさらなくても」


 ジャラール族の国王を名乗る男、ラウス・ジャラールがにこやかな表情を崩さずに、アリアの謝罪を制した。


 だが、その言葉を額面通りに受け取ると火傷をするだろう。なにせ、相手は、自分を擁立してくれた宰相と将軍を、即位早々鮮やかに粛清してみせた男なのだ。ゆえに、アリアも油断することなく応対を始める。


「それにしても、この新しい町……よく計画されてますね。完成すれば、北部の富はすべてこの町に集まる……そういうことになりそうだ」


 ラウスは笑顔のままで、そう指摘した。アリアの目論見を正確に見抜いている。ゆえに、アリアは隠し事をせずに、堂々と説明する。


「陛下のおっしゃるとおり、北部の物産がこの町に集まるというのは、事実です。そうなるように、あえて考えましたので」


「ほう……。だが、それは私利私欲のためではないのでしょう?」


「もちろんです。ここに集まった物資をポトスや本土に輸送して交易をおこなうことで北部全体が豊かになればと考えています。その中には、陛下が統治するジャラール国も含まれています」


 そうなれば、みんなが幸せに暮らせるのだとアリアは主張した。


「なるほど。アリア嬢の仰る通りだ。そうなれば、我が国の臣民も飢餓に苦しむことはなくなりそうだ」


 心当たりがあったのだろう。ラウスの表情が穏やかなものになった。ゆえに、アリアはホッと胸を撫で下ろした。うまく説明できたと確信して。


「フレッツ。例の物を」


「はっ」


 ラウスが側に控えていた側近のフレッツにそう命じると、彼は丸まった1枚の紙を持ってきて、テーブルの上に広げた。


「これは?」


「アルカ帝国を含む、この北大陸の地図です」


「えっ!?」


 アリアはまじまじとそれを見つめる。


(これって……例のなんとかハル村のこともわかるのでは?)


「アリアさん?いかがなさいました。そんなに真剣に見られて」


「あ……すみません。アルカ帝国の地図って門外不出って聞いていたのでつい……」


 アリアはそう言って誤魔化した。


「それで、この地図がどうかしたのですか?」


 話を切り替えて、ラウスの目的を窺おうとするアリア。すると、ラウスは羽ペンに赤色のインクをつけて地図上に線を引いていった。


「今、アリアさんのお話にあった交易路というのは、こういったところでしょう?」


「はい。概ね、そのとおりですね」


 地図にひかれた赤線は、ほぼ正しく交易路のルートを示していた。そして、その線がすべてここオランジバークに集約されていることも、ジャラール族の村が一番端にあることも含めて。


「それで、我々からの提案なのですが……」


 ラウスはそう言いながら、もう1本線を引く。


「あ……」


 アリアは思わず唸った。ラウスの引いた線が、アルカ帝国の首都と思しき場所まで延ばされていたからだ。


「実は、わたしは即位する前にアルカに留学していまして、かの国の文化や物産についても目にしているのです。王宮にもコネクションがありますし、この際、かの国も含めた交易圏を作られてはと思うのですが……」


 穏やかに提案するラウス。しかし、アリアの中では危険人物に見えていた。


(要するに、協力はするけど、富の独占は許さない。そういうことね……)


 ラウスの提案通りにアルカ帝国との交易を始める場合、ジャラール族がその窓口となり、オランジバーク同様に物の集積地となる。そのことで、ジャラール族は仲介貿易による莫大な利を得ることになるだろう。


 もちろん、北部全体の繁栄を考えれば、望ましい提案であることは理解できる。しかし、アリアは気に食わなかった。今まで自分のやってきたことを横取りされているような気がして……。


「アリア……」


「あ……」


 そのとき、レオナルドがそっと声をかけてくれた。それだけで、不思議と冷静さを取り戻すことができた。そして考える。どうすればいいのかを。


(そっか……)


「陛下。申し訳ありませんが、この提案、次回の会談がある明後日の昼まで考えさせていただけないでしょうか。あと……できれば、この地図を見ながら考えたく……貸していただけないでしょうか?」


 そう言って、アリアは下手に出てお願いする。


「いいでしょう。では、明後日。よいお返事を期待してますよ」


 ラウスは気分を良くしたのか、地図の貸し出しも含めて承諾した。

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