第94話 女商人は、婚約祝いを受け取る

「すまないねぇ。突然やってきたりして。取り込み中だったんじゃないのかね?」


 村長室のソファーに腰を掛けて、フランシスコがそう言った。どうやら、先程のドタバタは階下まで聞こえていたようだ。


「いえ。そんなことありませんわ。すみません。うちの若い秘書が不調法で……」


 不調法なのは自分たちであるのだが、アリアは知らぬ顔を決め込んだ。


 なお、この部屋にはレオナルドはいない。実はあと30分ほど後に、ジャラール族のラウス国王との会談が控えているのだ。ゆえに、彼にはそちらの方に行ってもらって、アリアが来るまでの時間稼ぎをお願いしている。


「ところで、今日はどのようなご用件で?」


 あまり時間がないこともあってか、アリアが早々に話を切り出した。すると、フランシスコも理解したようで、前置きの世間話をすっ飛ばして、一つの装飾された箱をテーブルの上に置いた。


「これは?」


「アリアさんの指輪……『いのちの指輪』にはめる宝石です。なんでも、レオナルドさんのお母さまから引き継いだモノは、すでに使われたと聞きましたもので。……以前のものと全く同じ効果を有するモノですので、どうかお使いください」


 一体、どうしてそんなことまで知っているのだろうと思いながら、アリアは箱を手に取り、それを開ける。そこにはあの蘇生劇の際に失われたモノと同じ色、同じ大きさの宝石が収められていた。


「いけませんわ。こんな高価なものを受け取るわけには……」


 大きさだけ見ても、20万G以上の価値はあるだろう。アリアはそのまま蓋を閉めて、そのまま返そうとするが……


「どうか、受け取ってください。儂は、レオナルドさんのご両親と知らぬ中ではありませんし。ご婚約のお祝いということにさせていただければ……」


 フランシスコは譲らず、アリアに受け取るように促した。もちろん、これは方便で、『死んでもらっては困るから』という本音が別にある。何しろ、アリアの正体は、大国の王女様なのだから。


「わかりました。そこまでおっしゃるのなら、受け取らせていただきます」


 結局、アリアが折れた。フランシスコは心の中でホッと胸を撫で下ろした。


「でも、それだけじゃないですよね?」


 宝石箱を一旦脇に置いてから、フランシスコに再び訪問の理由を訊ねるアリア。すると、フランシスコは、ブラスの仕出かしたことを謝罪するとともに、その後の顛末、つまり、商会から追放したことを説明した。


「まあ、儂は追放で済ましてやったが、クリスが動いているからのう。おそらくだが、遠からず、奴は破滅するでしょうが」


 テーブルに置かれていたカップに手を伸ばしながら、シレっというフランシスコ。うさん臭さを感じるアリアであったが、クリスが言っていた人身売買の一件がどうなったのかが気になった。


「4月21日って言ってましたわね。結局、なんとかハル村ってどこなのかわかったのかしら?」


「こないだ聞いた限りでは、まだ掴めていないようでしたな」


 どうやら、クリスはフランシスコにも頼ったようで、アリアたちはその時点での情報をフランシスコから窺い知ることができた。


「あまり日がないというのに……どうしたらいいのでしょうねぇ……」


 アリアが残念そうにため息をつくと、フランシスコも「まったくですな」と同意して、同じようにため息をついた。


 いっそのこと、降伏した盗賊団を使って、もう一度ポトスとアルカ帝国を結ぶ道を封鎖しようかとも考えたが……


(それやっちゃうと、ポトスとの関係が悪化するわよね……)


……と思い直し、アリアは断念する。


 コンコン……


 そのとき、ドアがノックされた。


「どうぞ」


 そういうと、レオナルドが入ってきた。時計を見れば、すでに40分近く経っている。どうやら、これ以上は引き延ばせないらしい。


「会頭。申し訳ありませんが、このあと来客がありまして。その、もしよろしければ、今晩こちらに泊まられて、明日、もう一度お話しませんか?」


 アリアは申し訳なさそうにそう告げる。しかし、フランシスコにアリアの申し出を拒むつもりは毛頭ない。


「もちろん、構いません。では、また明日改めて伺うことにしましょう」


 そう言って、フランシスコは席を立つのだった。

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