第80話 大商人は、もう一つの思い出を語る

「お二人は無事、宿に戻られたか」


「はい。言われた通り、きちんと送り届けましたわ。……しかし、お父様。なぜ、あれほどの警備を?いくら恩人の御子息とはいえ、度が過ぎるのでは?」


 レベッカは、面会が終わった二人を言われた通りに宿まで送ったが、宿の従業員の多くがカルボネラ商会の息のかかった私服警備員にすり替わっていることに気づいたのだ。


「まるで、王族を警護しているようで……えっ?もしかして……」


 レベッカは、そこまで言って思い出した。今日の面会で、父がおかしな態度を取った場面が一度だけあるということを。それは、アリアが自身の両親の写真を見せたときだ。


「……もしかして、アリアさんって、お姫様?」


 そう言いながら、レベッカは半ば笑われることを覚悟した。あんなみすぼらしい姿のお姫様がいるとは思えなかったからだ。しかし、いつまでたっても父は笑い飛ばそうとはしなかった。


「昔、儂が砂糖交易でハルシオン王国におけるジャイナ商会の独占を崩した時のことだ……」


 知っている。……っていうか、自分が攫われるきっかけとなった出来事だ。そう認識して、レベッカは話の続きを待つ。


「当時、ジャイナ商会はハルシオンの宰相と癒着して、王国の砂糖市場を独占していて、他の商人が食い込む余地がなかったのだ。それでも、儂は自分の商品の方が良質であると信じて、日夜売り込みをしていたのだが……」


「相手にされなかったのね?」


「ああ、そうだ」


 そりゃ、誰も宰相に睨まれたくはないに決まっている。その結果は当然だろう。


「しかし、唯一、儂の話を聞いてくれた方がいたのだ」


「それが、アリアさんのお父さん、もしくはお母さんってこと?」


「ああ。アリアさんのお母さんは、当時騎士として王太子殿下にお仕えしていたのだが、殿下は甘いものが好きだから、儂の砂糖でお菓子を作ってさり気なく献上すると言われてな。儂の窮状を見かねて手を差し伸べていただいたのだ」


 その話の結末をレベッカは知っている。王太子はそのお菓子を大層気に入り、その縁でカルボネラ商会は王室御用達の商会に加わったのだ。


「実はな、当時から王太子殿下には婚約者であったデュパン公爵令嬢とは別の恋人がいると噂されていたのだ。その最有力と言われていたのが、近衛騎士団長の長女であり、幼いころから騎士として仕えていたエレノア・ハンベルク嬢……つまり、アリアさんの写真に写っていたお母さんだ」


 そこまで聞いて、レベッカは思わず唾を飲み込んだ。わかった。わかってしまった。アリアの父親が誰であるかということを。


「王太子殿下は、今では即位されて国王陛下になられた。ただ、先日耳にした話では、体調を崩されて余命は幾ばくも無いらしい」


「確か……フランツ王には、子供はいらっしゃらなかった……」


 ハルシオンの支店にいる従業員からの報告では、フランツ王の三弟・ベルナール王子が次期国王として最も有力であり、次いで甥にあたるケヴィン王子が候補として名を連ねているという。


 また、ケヴィン王子の父親は、フランツ王の次弟であったが、3年前に他界している。ベルナール王子による毒殺も囁かれており、ハルシオン王室を巡る混乱は泥沼化しつつある。


「もしかして、アリアさんが勇者に騙されてこの大陸に連れてこられたのって……」


「そうだ。つまり、アリアさんの存在が公になれば、困る人間がいるということだ。何せ、彼女にその気があれば、大国ハルシオンの女王陛下になれるのだからな」

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