第79話 女商人は、本題を切り出す

「そういえば、クレトさんと言いましたか。叔父様にあたる方と記憶しているのですが、お変わりなく?」


 それは、別段他意があったわけではなかった。ただ昔のことを思い出したついでに出してしまった話題だった。レオナルドが生まれ、彼の母親が亡くなった時、自分に啖呵を切った男の姿を思い出して。しかし、アリアとレオナルドの表情が強張った。


「ん?まさか……」


 二人の様子から触れてはいけないことだったことに気づいたフランシスコ。もしや亡くなってしまったのではと思い、慌てて謝罪の言葉を口にしようとした矢先……


「実は……」


 レオナルドが口を開いた。言い辛そうにしながらも、これまでの経緯を話し始めるのだった……。





「なんですと!!クレト殿がそのようなことを!?しかも、ブラスがそれに加担していたとは……」


 アリアが来る前から行われていた部族民の誘拐とそれに続く人身売買。それらの犯罪行為にクレトとブラスが手を染めていたことを知り、フランシスコは驚きと怒りを同居させたような表情で声を荒げた。


「会頭。ポトスでは、奴隷の売買は行われているのでしょうか?」


「いや、そんなはずはない。8年前に本国から命令が出て禁止されたはずだ」


 アリアの質問にそう答えたフランシスコ。あのとき、総督府での派手な立ち回りの後に、禁止の王令を布告したのは、あのクリスだ。以来、このポトスでは本国同様に、奴隷はすべて解放されて、いなくなっている……はずなのだ。


「まあ、叔父も死んだし、あれからブラスも来なくなったから、もうやってないかもしれないがな」


 レオナルドはそう言うが、フランシスコの中で何か引っかかりを覚える。


(クリスが来た理由って……)


 もし、そうであるならば、早急に調査する必要があるだろう。なにせ、ブラスはカルボネラ商会の古参の従属商人なのだ。クリスとは顔なじみとはいえ、場合によっては、「知りませんでした」とはいかない可能性もある。


「……その件については、儂の方でも調べてみることにするよ。知らなかったとはいえ、迷惑をかけてすまなかった」


 フランシスコは、二人に頭を下げた。


「ところで……儂に何か頼みがあるのではないのかね?」


「えっ!?」


 再び、話題を切り替えられて、アリアは驚きの声を上げた。すると、フランシスコは目じりを緩め、穏やかな笑みをたたえて、話を続けた。


「なに、難しい話じゃない。君たちが大賢者様のことを知ったのは、偶然だったのだろう?……で、あれば、このポトスに来た理由は他にあると考えるのが普通だろう。何せ、オランジバークからは遠すぎて、容易に来れる場所ではないからな、このポトスは」


 たしかに、とアリアはフランシスコの推察に同意した。そして、レオナルドを見る。特に何も言わないし、制止しようとする素振りはない。


 アリアは切り出した。


「会頭。実は、我々は船を造ろうと考えています。北方の産物をこのポトス、さらに本土に届けるために」


「ほう……」


「そのために、我が村の技術者に、この町の造船技術を学ばせていただきたいのです。もちろん、軍事機密等の兼ね合いで難しいか……」


「わかった」


「……と思い……えっ!?今なんと?」


 フランシスコのあまりにも早い受諾の回答に、アリアは思わず聞き返してしまった。


「わかったと申し上げたのです。好きなだけ学べるように、手配させていただきましょう」

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