第78話 大商人は、昔を語る

「それは……どういう……」


 レオナルドが言葉を失ってフランシスコを見つめる。すると、フランシスコは、今から25年前の話だが……と切り出して、語り始めた。





『娘を預かった。返してほしければ、店を畳んでポトスから出ていけ』


 差出人不明の手紙にはそう書かれていた。娘がいなくなったのは昼過ぎの事。すでに半日が過ぎて、日も落ちている。商会の従業員たちが手分けをして探してくれているため、この部屋には自分以外の人間は誰もいない。妻はショックのあまり倒れてここにはいない。


「ああ……どうすれば……」


 フランシスコは机に突き伏せて頭を抱える。ここまで何もかもが順調だったのに、なぜこのようなことになったのかと。


 これまでのところ、有力な手掛かりはつかめていない。いつものように、ベビーベッドで寝ていたはずなのに、妻が目を離した5分の間にいなくなったという事実以外には。


 もちろん、警察にも相談した。しかし、初めは親身に相談に乗ってくれていた刑事が、先程会ってみたら手のひらを返したように冷たかった。その態度から、どこからか、圧力がかかったのだろうということは推測できた。


(もしかして、ジャイナ商会が……)


 先頃、砂糖交易でハルシオン王国におけるジャイナ商会の独占を崩したのだ。もちろん、そうするだけの理由があったが、恨みに思われても不思議ではない。今代の会頭になってから評判が悪いことを考えれば、この手の妨害工作は十分あり得る話だ。


 しかし、それが事実だとしても何ができるというのだろうか。相手は、総督ですら意のままに操る権力者。少し大きくなったとはいえ、所詮、新興商人にすぎないフランシスコが太刀打ちできる相手ではない。


「つまり、娘か……それとも、店か……。どちらかを選べ、ということなのだな」


 不意に声が聞こえてフランシスコは顔を上げた。


「ユーグ!!」


 部屋の入り口に立つ男。大賢者にして友人であるユーグ・アンベールがそこにいた。


「……それで、君はどちらを選択するんだ?」


 試すように尋ねるユーグ。優しげな顔をしているが、それは見かけだけで、いつもこうして歯に衣着せぬ物言いをする厳しい男だ。そんな男の失礼な質問に、フランシスコは迷わず「娘だ」と返した。


「例え、店を失ってもかまわない。僕にとって、娘は……家族は何よりも大切なんだ!!」


(そうだ。迷うことなんか何もない。一からやり直せばいいだけのことじゃないか)


 フランシスコは、涙を流しながら決意し、声を上げた。


「そうか。おまえの覚悟はよくわかった。だから泣くな。あとは何とかしてやる」


「えっ?」


 ユーグは、満足そうに笑みを浮かべると、その瞬間、忽然と消えた。





「……それから、1時間ほどして、ユーグは無事娘を連れ帰ってくれた。傷一つつけずに、元気な状態でな」


 フランシスコの昔話が終わろうとしている。なるほど。大恩人と言っていた意味がよくわかる。だが……。


「その……ジャイナ商会はどうなったので?」


「滅びたさ。たった一夜でね。会頭以下、事件に加担した者は今でも行方不明。恐れをなした総督府の命令で、商会の解散が決まり、儂に冷たくした刑事も辞職して本土に帰ったそうだ」


 その凄まじい報復内容に、アリアはやはりと思った。


「なに?」


「……いえ、なんでもないわ」


 視線に気づいて怪訝な表情を浮かべるレオナルドを見て、「血は争えないものね」とアリアは思うのだった。

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